労働裁判・重要判例

割増賃金が含まれている基本給を巡る裁判

テックジャパン事件
最高裁・平成24年3月8日判決

【事件の内容】
社員Xは同社と期間の定めのある雇用契約(=有期労働契約)による派遣労働契約を結んでいた。この雇用契約によると1カ月の労働時間が140時間以上、180時間未満であれば給料は基本給である41万円とする。そして1カ月の労働時間の合計が180時間を超えた場合は、1時間当たり2560円を追加で支払う。1カ月の労働時間の合計が140時間に満たない場合は、満たなかった1時間につき2920円を控除する。

社員Xは平成17年5月から平成18年10月までの18カ月間に、法定労働時間(=1日・8時間、1週・40時間)を超える時間外労働(=いわゆる残業)を行い、平成17年6月の時間外労働時間は180時間を超え、その他の月の総労働時間は180時間以下だった。社員Xは時間外労働に対する割増賃金が支払われていないとして、賃金の支払いを求め裁判を起こした。






裁判所ごとに分かれる判断


1審の横浜地裁は、1カ月の労働時間が180時間以内の場合の時間外労働の割増賃金(=通常の労働時間の賃金部分・100%+割増部分・25%)のうち、通常の労働時間に相当する賃金部分は基本給に含まれているとして、残りの25%部分のみの請求を容認した。労働時間が180時間を超えた月については、通常の労働時間の賃金部分と割増部分を合わせて125%の請求を容認すべきと判断した。

2審の東京高裁は、1カ月の労働時間が180時間以内の場合、時間外労働の賃金である「通常の賃金+割増賃金」は全て基本給の41万円に含まれているとして社員Xの請求を棄却。労働時間が180時間を超えた月については横浜地裁と同じ判断をした。

最高裁は月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを判別できないとし、月間180時間以内の労働時間について、労働基準法・第37条1項が定める割増賃金が支払われたとすることはできないと判断。会社は社員Xに対して月・180時間を超える時間外労働だけでなく、180時間以内の時間外労働についても基本給とは別に割増賃金を支払う義務を負うとした。

最高裁の判決文はこちら(PDF)



解説と実務におけるポイント


労働基準法は第37条1項で、会社が法定労働時間を超えて時間外労働(=いわゆる残業)をさせた場合は割増賃金を支払うことを命じています。現在、中小企業の時間外労働の割増賃金率は附則第138条の猶予措置により一律25%となっていますが、大企業は1カ月の時間外労働時間が60時間を超えると、その超えた部分からは50%になります。近い将来、中小企業の猶予措置は終了し、大企業と同じになる予定です。

時間外労働の割増賃金を支払う場合、実際の時間外労働時間に応じて支払う方法以外に、会社が残業時間に見合う金額を手当として定め、これを支払うことで割増賃金を支払ったものとして扱う方法があります。また、この事件のように基本給の一部に残業代が含まれているとするやり方もあります。こうした方法は一般的に定額残業制固定残業制と呼ばれています(以下では単に定額残業制と称することにします)

定額残業制は残業があってもなくても常に賃金が一定になるため、給与計算業務の負担が軽減される、労務費が平準化されるため予算が立てやすい、人件費を事前に見積もることができるため経営計画が立てやすい、といった理由で広く利用されています。

定額残業制について労働基準法の定めはありませんが、通達は法律で定められた金額以上の割増賃金が支払われている限り問題はないとしています(S24.1.28 基収3947号)。しかし、トラブルが起きて、実際の時間外労働時間に基づく割増賃金を計算してみると、法律で必要とされる割増賃金が支払われていないというケースが多々あります。


電卓のイラスト



定額残業制が有効になるための3つの要件

定額残業制を巡る争いでは、会社側の「割増賃金は支払われている」という主張が認められるための要件は、ほぼ定まっています。それは、①割増賃金にあたる金額がいくらなのかが明確にわかること、②設定された時間外労働時間の時間数がわかること、③設定された時間を超えた時間外労働が行われた場合は、別途、追加で割増賃金を支払っていること、以上の3つが「いずれも」満たされていることです。

今回の事案で最高裁は「月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金にあたる部分と・・・(中略)・・・時間外労働の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものと言うべきである」と結論づけ、会社側の主張を認めませんでした。

そして、この事件で最高裁はさらに一歩踏み込んで櫻井裁判官の補足意見として、定額残業制が認められるための必要な3つの要件を示しています。
1.一定時間の残業手当が算入されている旨が雇用契約上も明確であること。
2.給料の支給時に時間外労働時間数と残業手当の額が明示されていること。
3.1で定めた一定時間を超えて残業が行われた場合は、別途上乗せして残業手当を支給する旨があらかじめ明らかにされていること。

この補足意見に従えば、定額残業制が有効になるためには、①雇用契約書や就業規則、賃金規程などにより、基本給や手当の一部に残業手当が算入されていることを明示すること、そして②給料を受け取った社員が給料明細などにより自分の時間外労働時間数と残業手当がいくらかがわかるようにすること、そして、③会社が定めた一定時間を超えた残業が行われた場合は、追加で残業代を支払うことを雇用契約書や就業規則、賃金規程などであらかじめ定めておくこと、が必要になります。

従来の判例では、1~3に相当する実態が割増賃金の計算や給料の支払い方法などにより確認できれば定額残業制は有効になるとされてきましたが、この補足意見では、雇用契約書や給料明細といった規程や文書などでも1~3の事項を明示することを求めています。

現在、定額残業制を採用している会社で、残業代や残業時間がはっきり明示されていない場合は、まずこれらを計算の上、明示する必要があります。詳しい計算方法は「割増賃金を支払わない仕組み」でご説明しています。

定額残業制においてあらかじめ残業時間と残業手当を明示するようになると、社員ごとに賃金が異なれば同じ残業時間でも残業代は異なることになります。通常、賃金は一人ひとり違うため、部署の全員が一律同じ手当という定額残業制は認められないことになります。また、昇給などにより賃金が変われば、その都度、定額で支給される残業代も変わるようにしなければなりません。定額残業制には厳しい制約が課せられたと言えそうです。



関係する法律


労働基準法・第37条第1項
使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1カ月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

労働基準法・附則第138条
中小事業主(その資本金の額又は出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円、卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいう。)の事業については、当分の間、第37条第1項ただし書の規定は、適用しない。

※資本金の額または労働者の数のどちらかが下回っていれば、中小事業主となります。労働者の数は事業場単位ではなく、会社単位で判断されます。







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ご挨拶


人事コンサルタント・特定社会保険労務士の梶川です。大阪で人事コンサルティング事務所 オフィス ジャスト アイを運営しています。主な業務は採用や人事評価、人材育成などを支援する人材アセスメントと、社会保険労務士業務です。

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