労働裁判・重要判例

職務能力の低下を理由とする限定正社員の解雇

ブルームバーグ・エル・ピー事件
東京高裁 平成25年4月24日判決

【事件の概要】
社員Xは同社と同業である他の通信社で13年間、記者として勤務した後、平成17年に記者として中途採用された。その後、同社は平成21年10月から記者を対象に以下のような「業務改善計画」を開始した。

①週に1本、独自記事を配信し、その内、月に1本は「Best of the Week」に提出できるような質の高いものとすること。
②独自記事がすべて英訳されるように働きかけること。
③1日1本のムーバー記事を配信すること。
④毎日・毎週の行動予定を上司に報告すること。

翌年1月27日、同社は社員Xに対し最初の業務改善計画のフィードバックを行い、目標が達成されていないとし、さらに2回目、3回目の業務改善計画を実施した。この際、期待される業績レベルや会社規則・手続きに従わない場合は解雇を含む措置がありうることを警告した。同社の就業規則の解雇事由には、職責を果たす能力が著しく低下しており改善の見込みがないこと、という条項が定められていた。

そして7月20日、同社は社員Xに対し、職務能力の低下を理由に8月20日で解雇することを通知した。これに対し、社員Xが裁判を起こし、1審の東京地裁は社員Xの訴えを認めたため、会社側が控訴した。






裁判所は職務能力の低下を認めず


【東京高裁の判断】
会社は採用選考および試用期間中において、格別の審査・指導等の対応措置を講じておらず、試用期間後に実施された指示や指導の内容から見ても、本件労働契約において求められている職務能力は、社会通念上一般的に中途採用の職種限定の従業員に求められる職務能力と量的・質的に異なるものとは認められない。

記者としての能力については、労働契約上、記事配信の具体的な制限時間を遵守できないことが直ちに解雇事由になる内容になっていたとは言えない。社員Xの配信の遅延は勤務期間に照らして多いとは言えず、会社は執筆・配信遅延について具体的な改善矯正策を講じていたとは言えない。社員Xの記事本数の少なさは労働契約の継続を期待することができないほどではなく、同社が比較対象として挙げる他の14名の記者と比べても遜色がないことを窺わせる証拠がある。

「Best of the Week」の選出数はノルマではなく、選出されなかったことが、記事の内容が低く、労働契約の継続を期待できないほど重大なものであるとは言えない。

よって本件解雇は客観的に合理的な理由を欠くものとして無効である。



解説と実務におけるポイント


この事件は通信社の記者という職種限定・職務限定で採用された中途採用者について、職務能力の低下を理由に解雇できるか否かが争われた事件です。

日本ではそもそも職種や職務を限定した中途採用の正社員(=配置された職種や部署からの人事異動がないという労働契約で働く社員)が少ないため、この事件のような限定正社員について、職務能力の欠如や低下だけを理由にした解雇を巡る裁判の事例はあまりありません。しかし、今後は技術革新のスピードが早まり、専門分野で求められる専門性も深くなるため、専門職や技術系社員を中途採用することが増えることが予想されます。そのため、職種や職務を限定して採用した社員の能力が不足していた場合の解雇について、参考になる判決と言えます。

今回の東京高裁の判決の特徴は、職務能力の低下を理由とした解雇の有効性についての判断基準を示したことです。判決によると労働契約法・第16条で求めている「客観的・合理的な理由」は、次の4つを総合考慮して決めるべきであるとしました。

①労働契約の上で、労働者に求められている職務能力の内容を検討すること
②検討された職務能力の低下が労働契約の継続を期待できない程に重大かどうか
③会社が労働者に対し改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善されなかったかどうか
④今後の指導による改善の可能性の見込みの有無について

①を検討するためには職務能力を判定できる事項について、会社と労働者の間で何らかの合意が必要になります。この合意があって初めて会社側の言い分である『労働契約で定められた債務が履行されないため、解雇に至った』という主張が合理性のあるものになります。

今回の事件で東京高裁は、会社側は採用時点で必要とされる職務能力を明示せず、試用期間においても職務能力を判断・確認することを怠り、採用後の指示や指導を見ても、同社の主張するような独自のビジネスモデルに見合った特別の職務能力の低下は確認できないとしました。

その結果、この事件は限定社員の解雇を巡る争いではなく、一般的によくある中途採用社員の勤務成績を理由とした解雇であると位置づけられました。こうなると解雇の有効性の判断にあたっては、過去の多くの判例と同じように次のような枠組みが用いられます。

①単なる成績不良に加え、企業経営に支障・損害が生じる恐れがあり、排除が必要な程度になっていること
②会社が本人に対し是正のための反省を促したたこと
③今後の改善の見込みがないこと
④会社側に配置転換や降格ができない事情や、労働者側に汲むべき事情がないこと

こうして東京高裁は、社員Xの職務能力が相対的に低いというだけでは解雇の理由が合理的とは言えないと結論づけています。また会社に対して、社員Xの成績が低い原因を究明し改善を図っていくことや、記事の質的な向上を図るための具体的な指示を出すことを求めています。

職種や職務を限定して採用した中途採用者の能力評価には、人事評価や目標管理が用いられることが多いと思われます。人事異動や配置転換がないという特約の労働契約に値する職務能力を明示し、該当する社員が担う専門分野の能力について適切に評価できる仕組みがないと、能力低下を理由とした解雇が難しくなります。そして、専門的な能力や技術、経験を有していても、能力低下を改善・矯正するための試みを、一定の期間と一定の程度で行い、その後の経過を見た上で判断をするという手順が必要です。



関係する法律と類似の裁判例


労働契約法・第16条 (解雇)


類似の裁判例

トライコー事件  東京地裁 平成26年1月30日判決

同社は外資系企業の日本法人に対して、記帳・経理業務等のアウトソーシングサービスを提供している。社員Xは約8年半の経理業務の実務経験を評価され、平成20年9月に中途採用された。しかし、仕事上のミスが相次いだため、同社は平成24年3月31日付けで、就業規則の解雇事由として定める「特定の地位、職種または一定の能力を条件として雇い入れられた者で、その能力、適格性が欠けると認められるとき」にあたるとして、社員Xを普通解雇した。


東京地裁は、会社の行った解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められるとして、解雇を有効とした。東京地裁が判決で示したポイントは次の通り。

①社員Nは記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタントとして雇用されたが、月次決算書類を期限までに提出できないことや、会計処理の誤り、資料の保管ミスなどが認められ、会社から職務懈怠が明らかになる都度、注意・指導をされながらも、職務遂行状況に改善が見られなかったことから、職務を遂行し得る能力を十分に有していない。

②会社は社員Nの解雇を検討したが、これを控えて退職勧奨を行い、社員Nの要望を受け入れ、一定期間在籍させ、この間の勤務は免除するという扱いをするなどにより、円満な退職を実現しようとしたと認められる。(社員Nは結局、退職届を提出しなかった)







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人事コンサルタント・特定社会保険労務士の梶川です。大阪で人事コンサルティング事務所 オフィス ジャスト アイを運営しています。主な業務は採用や人事評価、人材育成などを支援する人材アセスメントと、社会保険労務士業務です。

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