労働裁判・重要判例

役職定年制を導入するに伴う就業規則の不利益変更

熊本信用金庫事件
熊本地裁 平成26年1月24日判決

【事件の概要】
熊本信用金庫は平成12年3月、役職定年制を取り入れることに伴い就業規則を変更した。この役職定年制により、役職ごとに定められた年齢に達した職員は役職を離れ、専門職や専任職に従事することになった。そして、本人給、職能給、専門職手当等で構成される基本給は、55歳以降、毎年10%ずつ減額され、60歳の定年時には50%の減額になる。

同信金は就業規則の変更に先立ち、平成12年1月~2月に職員への説明と意見の聴取を行った。一部の職員を除き、変更に異議がない意見書が提出されたが、本部とA支店の職員代表からは疑問や反対意見が出された。このため、同信金は本部とA支店の職員に対して、再度、説明会を開催し、最終的には異議がない旨の意見書が提出された。

職員X1~X10らは役職定年制の規程により給与、賞与、退職金が減額された。そして平成21年から平成23年にかけて順次、同金庫を退職したが、退職後に役職定年制が導入されていなければ支給された給与、賞与、退職金との差額を求めて提訴した。



同意の有無により分かれる判決


【熊本地裁の判決】
本件就業規則の変更は、労働者の受ける不利益の程度がその生活設計を根本的に揺るがし得るほど大きいものである一方、信金側の労働条件の変更の必要性は高度なものではない。職員らの意見聴取や変更の同意を得ている事情を考慮しても、この就業規則の変更は合理的なものであるとは言えない。

本件就業規則の変更は合理性を具備するものではないが、過去の最高裁判決の趣旨(※)によれば、労働者の個別の同意がある場合は、この同意した労働者との間では就業規則の変更によって労働条件は有効に変更されると解される。もっとも、この同意の有無の認定については慎重な判断を要し、労働者が不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って認められると解するべきである。

※昭和43年12月25日 秋北バス事件、平成12年9月7日 みちのく銀行事件

よって労働者X1~X8については、就業規則の変更に同意をしたとは認められないとして請求を容認。一方、労働者X9とX10については就業規則の変更による不利益性を十分理解しており、同意書の提出は本人の自由な意思に基づかないと認めるに足る証拠はないとし、請求は棄却。






解説と実務における注意点


日本では正社員は個人別に労働契約を締結するのではなく、採用時に就業規則を受け入れて、その枠内で労働関係が展開され、就業規則が労働契約となるのが一般的です。最高裁は就業規則について、合理的な労働条件を定めている限り、労働条件は就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、就業規則には法的規範性が認められるとしています(秋北バス事件)

そして労働基準法・第93条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による」と定め、仮に就業規則で定める労働条件を下回るような個別の労働契約を定めても、その部分については強制的に無効とされます。

こうした中、就業規則の不利益変更に際しては、これまで多くの裁判所の判断を基にして、現在は労働契約法で明文化されています。労働契約法・第9条では、使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働条件を不利益に変更することはできないと定めています。

そして、第10条では第9条の例外として、変更後の就業規則を周知させ、就業規則の変更が合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、変更後の就業規則が定めるところによるとされています。そして、この合理性を判断するに当たっては、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情によることが明記されています。

第9条を反対に解釈すれば、会社は労働者の合意があれば、たとえその変更に合理性がなくても、就業規則を不利益に変更できることになります。これを明確にしたのが平成22年の協愛事件で、大阪高裁は「(第9条からは)その反対解釈として、労働者が個別にでも労働条件の変更について定めた就業規則に同意することによって、労働条件変更が可能になることが導かれる」「同法9条の合意があった場合、合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される」と判断しています。

今回の事件について熊本地裁は、同信用金庫の行った就業規則の変更は労働者の受ける不利益の程度が大きく、変更の必要性が高度であるとは言えず、代替措置は不十分であるとし、変更の合理性を否定しました。そして、変更に合理性はないが、労働者の個別の同意があれば就業規則の変更によって労働条件は有効に変更されるとしています。この結果、就業規則の変更に際し、明確な同意をしたと認められないX1~X8の請求は認められ、一方、個別に変更の同意書を提出していたX9とX10の請求は棄却となりました。


就業規則を印刷しているプリンターのイラスト



同意書を得る際の注意点

熊本信金側は労働者X1~X8について、役職定年制の内容や制度導入の必要性を十分理解しており、反対の意思表示をすることが可能かつ容易であったにも関わらず反対の意思表示をしなかったことから、黙示の同意があったと主張しました。しかし、熊本地裁は、労働者X1~X8は積極的に反対の意思表示をしなかったに過ぎず、変更後の給与等を受け取っていたことをもって、就業規則の変更に黙示的に同意していたと認めることはできないとし、信用金庫側の主張を認めませんでした。

就業規則を不利益に変更する場合は、まず、出来るだけ合理性が確保されるように努めること、そして不利益となる変更の内容や必要性をしっかり説明し、従業員の不満を聞き、個人ごとに署名押印された同意書を得るようにします。反対や異議がなかったから同意したものと解釈する黙示の同意は認められないことがあります。就業規則の変更が認められないと、旧就業規則が有効となるため、経営上、重大な影響を受けることになりかねません。


<追伸>
就業規則の不利益変更について、最高裁が平成28年2月19日の判決(山梨県民信用組合事件)で新しい判断を示しています。この事件は信用組合の合併により退職金規程が変更されたことを巡る争いです。

信用組合側は退職金規程の変更にあたり職員から同意書へのサインを得ていましたが、最高裁は「同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたことをもって,本件基準変更に対する同人らの同意があった」と認めることはできないとし、「本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点」から検討が必要であるとし、職員の請求を棄却した東京高裁の判決を破棄し、差し戻す判決を出しました。

変更内容が重要なものであるほど、より具体的な不利益の内容について詳細な情報を示した上で同意を得ることが必要になったと言えます。



関係する法律


労働契約法 第9条
労働契約法 第10条







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ご挨拶


人事コンサルタント・特定社会保険労務士の梶川です。大阪で人事コンサルティング事務所 オフィス ジャスト アイを運営しています。主な業務は採用や人事評価、人材育成などを支援する人材アセスメントと、社会保険労務士業務です。

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