定年後に再雇用された労働者に対する契約更新の拒絶
津田電気計器事件最高裁 第一小法廷 平成24年11月29日判決
【事件の概要】
労働者Xは同社の本社工場に正社員として勤務しており、60歳の定年後、嘱託社員として1年間の有期雇用契約で勤務していた。同社では定年を60歳と定め、高年齢者雇用安定法に基づき、再雇用を希望する社員のうち一定の基準(※)を満たした者については、嘱託社員として1年の有期雇用契約で再雇用し、一定年齢に達するまで毎年契約を更新する規程を定めていた。
※同社の定める再雇用の基準は以下の通り。
業務習熟度表、社員実態調査表、保有資格一覧表、賞罰実績表という4つの査定帳票を用い、その結果がプラス10点以上の者は週40時間勤務、プラス10点未満の場合は週30時間勤務で再雇用し、マイナスとなった者については再雇用契約をしない。
平成20年12月に、同社は労働者Xに対し、再雇用契約の基準に満たないため、次回の契約更新は行わない旨を通知した。これにより労働者Xは1年間の有期雇用契約が終了する平成21年1月20日で、同社を退職することになった。この措置に対し労働者Xは、継続雇用制度によって継続雇用されたと主張して裁判となった。
いずれの裁判も労働者の勝訴
1審の大阪地裁の判断
就業規則により継続雇用制度を設けた場合、会社は継続雇用契約締結の申込みをしたものと認められる。そして労働者による継続雇用を希望する意思の表明は申込みに対する承諾となり、継続雇用契約の締結を認めるのが相当である。
2審の大阪高裁の判断
労働者の継続雇用の希望の表明が継続雇用契約締結の申込みであり、会社の結果の通知が承諾にあたる。そして会社による人事評価の採点は誤りであり、同社が定める再雇用の基準によれば、労働者Xの人事評価の点数はプラス1となり、この基準を満たしている。そのため、会社には労働者の申込みを承諾する義務がある。これを不承諾とするのは権利(=解雇権)の濫用であり、継続雇用契約が成立したものと言うべきである。
最高裁は大阪高裁と同様、会社の行った人事評価の採点は誤りであり、労働者Xが嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があるとした。そのため、嘱託雇用契約の終期の到来により労働者Xの雇用が終了したものとすることは、他にやむを得ない特段の事情もうかがわれない以上、客観的・合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない。よって会社と労働者Xの間に、嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものと見るのが相当である。
最高裁の判決文(PDF)
解説と実務における注意点
この事件は定年後に継続雇用された労働者に対し、会社が定めた基準を満たしていないことを理由に再雇用契約の更新を拒否したことについて、最高裁が示した初めての判断です。
この事件では2審の大阪高裁が、同社が定める再雇用の基準を基に人事評価の結果を詳細に検討しています。そして「賞罰実績」においては表彰実績として5点を加算すべきであり、懲戒実績については減点できないとし、同社の行った人事評価の賞罰実績のマイナス2は誤りであると判断しています。この結果、査定の総合点数は同社の主張するようなマイナスにはならず、プラス1であるとしました。最高裁も大阪高裁の判断を踏襲し、労働者Xは再雇用契約の基準を満たしているとしています。
そして最高裁は、労働者Xが再雇用契約が更新されることに期待を抱くのは合理的な理由があり、同社が再雇用をしないのであれば、それ相応の客観的な合理性、社会的相当性が求められるが、今回の事案にはそのような点は認められないと判断しました。
この考え方の仕組み(法律構成)は、有期雇用契約の雇い止めと同じです(詳しくは本田技研工業事件)。労働契約法は第19条で、有期の雇用契約が継続されることに合理的な理由がある場合、会社が更新を拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない時は、会社は従前の有期労働契約の内容である労働条件と同じの労働条件で労働者からの契約更新の申込みを承諾したものとみなすと定められています。最高裁判決の中の「嘱託雇用契約の終期の到来によりXの雇用が終了したものとすることは(中略)客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない」という表現は、解雇について定めた労働契約法・第16条と同じです。つまりこの事案では、有期雇用契約の更新拒絶は解雇と同じ扱いで判断されることになりました。
高年齢者雇用安定法は平成25年4月に改正され、現在はこの事件のような定年後の再雇用にあたり、一定基準を設け、その基準に達しない労働者は再雇用契約の対象から排除すること、つまり門前払いはできません。会社は再雇用を希望する労働者については、その全員を再雇用の対象としなければならなくなりました(注・経過措置による例外があります)。このため、労働者が再雇用されること、そして、再雇用契約が更新されることについて抱く合理的な期待はこれまで以上に高まっていると言えます。定年後に再雇用されている労働者の労働契約を更新しないことが認められるための要件は厳しくなっています。
高年齢者雇用安定法の特徴
高年齢者雇用安定法によれば、会社は再雇用を希望する労働者からの申し出があれば、再雇用の対象としなければなりませんが、必ず再雇用しなければならないわけではありません。例えば会社が再雇用に際し示した労働条件について社員との話し合いがまとまらず、結果として再雇用できなくても法律違反にはなりません。
これについては、高年齢者雇用安定法には私法的効力が無いことが関係しています。私法的効力とは、法律に違反した労働契約を無効にしたり(強行的効力)や、無効となった部分を法律の規定により補充する効力(直律的効力)のことを言います。
例えば労働基準法は第13条で、「労働基準法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、労働基準法で定める基準による」と定められており、同法には強行的効力や直律的効力があることになります。そのため、行政当局は労働基準法違反があれば強制力を用いて労働契約を是正させることができます。
一方、高年齢者雇用安定法は会社に義務を課し、行政機関には取締りのための権限が与えられるという「公法的性格」だけを有する法律であり、私法的効力までは認められないというのが司法における判断の大勢です。そのため、同法の違反があっても、行政や司法はそれだけでは労働契約を無効にしたり、法律の規定の通りに従わせることまではできません。
関係する法律等
高年齢者雇用安定法・第9条
定年(65歳未満のものに限る)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という)のいずれかを講じなければならない。
1 当該定年の引上げ
2 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう)の導入
3 当該定年の定めの廃止
厚生労働省告示 第560号 平成24年11月9日
高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針(PDF)
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