割増賃金を支払わずに済ませる仕組み
経営者や部門責任者にとって頭の痛い問題は、予期せぬ事態でコストアップに見舞われることだ。資材や原材料費などの値上がり以外にも、納期に間に合わせるための残業が続き、割増賃金が増えることもある。
こうした予期せぬ残業で割増賃金が生じないようにするため、あらかじめ一定時間数の残業があったものと仮定して、その分の割増賃金を支払うことにする方法がある。定額残業制、固定残業制などと呼ばれている。(以下では単に定額残業制と称する)
定額残業制は、あらかじめ設定した時間外労働時間数に基づく割増賃金を、残業見合い手当てのような別手当として支払うことにしたり、基本給の中に一定時間数の割増賃金が含まれているようにする。こうすることで、設定した一定時間以内までの残業なら割増賃金を払う必要はなくなる。
これにより人件費や労務費が平準化するため、予期せぬ残業で利益が圧迫されることがなくなる。また給与計算のたびに割増賃金の計算をしなくて済むため、経理業務の効率化にもつながる。ただし、設定した時間に満たない残業であっても、常に一定時間に相当する割増賃金を支払うことになるため、繁忙期と閑散期の差が大きい職場などには向かないこともある。
定額残業制が合法になる要件
定額残業制は社員からすれば残業をしてもしなくても、常に一定時間に相当する割増賃金が支給されるため、残業をしないで済ませる働き方が合理的な選択になる。つまり定額残業制には長時間労働を抑制する機能がある。その一方で、定額残業制は割増賃金を払わずに済ませる方便・口実に用いられることもある。「○○手当ては残業代の代わり」とか、「基本給の中に○○時間分の割増賃金が含まれている」として、割増賃金を支払っている扱いにする。
労働基準法には定額残業制についての定めはないが、法律で定められた以外の方法で割増賃金を払うことは問題がないのだろうか。これについては通達により、実際に支払われた金額が法律で定められた金額以上であれば法違反とならないとされおり、条件付きで定額残業制を容認している(S24.1.28基収3947号)
定額残業制を巡ってはこれまで最高裁がいくつかの事件で判断を示しており(小里機材事件、高知県観光事件)、合法・違法を判断する基準がほぼ固まっている。会社側の定額残業制により割増賃金を払っているという主張が認められるには、①給与の支払い時において割増賃金に相当する部分と、そうでない部分が明確に区分・区分けされていること。そして、②定額残業制で設定された時間外労働の時間数がわかること。さらに、③設定された時間外労働の時間数を超えて残業が行われた場合は、追加で割増賃金を支払っていること、以上の3つだ。
最も新しい最高裁判決であるテックジャパン事件(H24.3.8 第一小法廷判決)では、補足意見ながら、これらの3つの要件が満たされる運用がなされているだけでなく、雇用契約書や就業規則、賃金規定などにより定められ、文書や給与明細などに明示されることを求めている。つまり会社は社員に対して、彼らが有する具体的な請求権について情報を提供する必要がある。
設定した時間を超えた残業には、追加の割増賃金が必要です
自社の定額残業制を検証する方法
すでに定額残業制を採用している場合、トラブルを避けるには、現在設定している時間外労働の時間数と、割増賃金に相当する金額に問題がないかどうかを確認する必要がある。
定額残業制で設定した時間外労働時間数に相当する割増賃金が、別途手当として、基本給やその他の手当てと混在することなく独立して支払われていれば、割増賃金とその他の賃金が明確に区分され、金額は明示されていることになる。この場合は、別手当の額を割増賃金を計算する際に用いる「基礎となる賃金」を25%増しにした額で割れば、設定された時間外労働の時間数がわかる。
割増賃金を計算する際の「基礎となる賃金」とは1時間当りの賃金(時給単価)のことで、完全月給制(月によって基本給が変わらない)の場合は、基本給に除外が認められている以外の各種の手当(※)を加えた額を、1年間(労使間の取り決めがなければ暦年)における1カ月の平均所定労働時間で割って求める。
(※)除外することが認められているのは、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた手当、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金。家族が多い、通勤距離が長いといった事情で時給単価に差がつくのは不合理なため、除外することが認められている。そのため、これらは名称の如何を問わず実質によって取り扱われる。
日給月給制の場合は、日給の額を1日の所定労働時間で割って求める。日によって所定労働時間が変わる場合は1週間の平均所定労働時間で割る。日給制で月ぎめの手当がある場合は、手当の金額は完全月給制の場合と同じ方法で計算し、これを日給の額に加算する。
「基本給には割増賃金○○円を含むものとする」という規定だけで、時間外労働時間数がわからない場合は、まず①基本給から割増賃金の額を引き、基本給だけにする。②この金額を1年間における1カ月の平均所定労働時間で割る。すると割増賃金の「基礎となる賃金」がわかる。③この金額を25%増しにして、1時間当りの割増賃金額を求める。④こうして求めた1時間当りの割増賃金単価で、元々設定された割増賃金○○円を割れば定額残業制で設定した時間外労働時間数がわかる(具体的な計算事例はこちら)
一方、「基本給には時間外労働○○時間の割増賃金を含むものとする」という規定だけで、割増賃金の額がわからない場合は、まず①設定された○○時間数を25%増しにする。②そして、この時間数と1年間における1カ月の平均所定労働時間を合計する。③こうして求めた時間数で基本給を割れば、割増賃金の「基礎となる賃金」がわかる。④わかった「基礎となる賃金」を25%増しにして、1時間当りの割増賃金の額を求める。⑤この1時間当りの割増賃金単価に、元々設定された時間外労働○○時間を掛けると定額残業制で設定された割増賃金の額がわかる。
運用における注意点
定額残業制において設定された時間外労働時間数と割増賃金の額を明示するようになると、基本給や手当に増減があれば、その都度、新しい時間外労働時間数と割増賃金の金額を示することになる。また賃金や手当が変わらなくても、1カ月の月平均の所定労働時間は毎年変わるため、年に1回は時間外労働時間数と割増賃金の額の明示が必要になる。1カ月平均の所定労働時間を求める際の1年の区切りを昇給時期と合わせておけば、年1回の明示で済む。
定額残業制で設定した割増賃金や時間外労働時間数を見直す際は、一人ひとりの賃金の総額は変更せず、設定された時間外労働時間数や割増賃金の額を増やすと基本給の減額になるため、労働契約の不利益変更になる。また新しく定額残業制を取り入れる際も、給料の総支給額は変えないまま、割増賃金分を基本給に組み入れると基本給部分が減額になり不利益変更となる。このため定額残業の見直しや新規導入にあたっては、就業規則や賃金規定の変更だけでなく、社員からも個別の同意を得ておくことが望まれる。
2015/9/22
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