人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

人手不足対策の決定打


人手不足が続き採用に力を入れている企業が増えている。だが、よく見ると人手不足と言われる業種や業界は総じて離職率が高い。

例えば、厚生労働省の 雇用動向調査 によると、平成26年度で最も離職率が高い業種は「宿泊業・飲食サービス業」で、次いで「生活関連サービス業・娯楽業」「その他サービス業」と続くが、これらの業種はいずれも人手不足が著しい。

つまり、業績が拡大して人手不足となったという面よりも、退職者を補充できないことため人手不足に陥っているという面が強い。いくら採用に力を入れても、退職する社員が相次げば、ザルで水を掬っているようなものだ。






リテンション対策とは


退職する社員の数を減らそうとする取り組みは リテンション対策 (引き留め対策)と称される。この対策は優秀な人物を中途採用できることにも繋がるため、アトラクション対策 (惹きつけ対策)という側面も併せ持つ。

終身雇用制度が終わりを迎え、事業環境の変化や技術革新のスピードは早く、経営における人間の知的資本の重要性が高まっている。企業は切羽詰まってからのリストラや、退職者が出てから慌てて採用を始めるといった受け身の姿勢ではなく、計画的な人材の退出・採用が行える体制を整える必要がある。そうした観点に立てば、リテンション対策は変化に対応できる組織作りの一翼を担うことになる。

「リテンション対策」には、金銭的報酬と非金銭的報酬の2つがある。金銭的報酬は賃金、賞与、インセンティブ・歩合給といった直接おカネに関係する報酬と、法定(外)福利費、退職金、能力開発支援といった間接的な報酬がある。

一方、非金銭的報酬は仕事に関する報酬と、環境に関する報酬に大別される。仕事に関する非金銭報酬としては、まず①仕事のやりがい・面白さを提供することが挙げられる。これはモチベーションに関係する事項と言える。そして、②重要な仕事を任されたり、周囲から期待されることがある。人間は社会的な生き物だから、会社という社会集団内において自分の存在価値を認識したり、絆を深められる「属しがい」が得られることが重要な意味をもつ。そして、③仕事をしながら成長実感が得られる「成りがい」が得られるようにする。

環境に関する非金銭報酬には、①会社の将来性、②周囲の人から刺激を得られること、③柔軟な働き方ができること、④法令を遵守し人材を大切にする経営、⑤特定の派閥やムラがないといった企業風土・組織文化に関わるもの、などがある。

リテンション対策はこれらを組み合わせて実施するが、その際はリテンションを図るゾーン、ターゲットを明確にしておくことが重要だ。年齢や資格等級、成績などによって積極的にリテンション対策の対象となる社員層を明確にする。これをしないまま単に制度を作って対応しようとすると、リテンション対策は終身雇用を目指す対策になる。

昨今のリテンション対策の中心は金銭的報酬よりも非金銭的報酬に移っている。金銭報酬を変動させるような仕組みに魅力を感じる社員は少数派で、多くの社員はアップダウンの激しい給与よりも、安定的な給与を好む傾向が強い。また、高額・定額の金銭報酬によって社員を引き留めようとすれば、人件費が固定化され、経営上の重荷やリスクになる。



中堅・若手向けに効果のある対策


非金銭的報酬のリテンション対策の中で、中堅若手階層に効果があるのが「成長実感」(成りがい)だ。彼らの多くは、もはやどんな会社でも終身雇用は約束できないことを認識しており、好むと好まないに関わらず転職・転籍せざるを得なくなる可能性を意識している。このため、他社でも通じるようなスキルや能力(=雇用される能力・エンプロイアビリティ)を得られないような会社には魅力を感じず、ポテンシャルの高い社員ほど退職に至るケースが多い。

経営者によっては社員のエンプロイアビリティを高めるようなことをすれば、退職を誘発するだけではないかと懸念する向きもある。だが、他社から引き抜かれるような社員を育てられないような会社は今後の成長も見込めない。それに、成長させた社員の全員がすぐに退職してしまうわけでもない。

それより問題なのは、成長願望がありながら具体的に何をすればよいかがわからない社員がいたり、会社が成長させてくれるのを当てにして特定のレベルで成長が頭打ちになっている社員がいることだ。

こうした場合への対処方法として、リクルート・マネジメント・ソリューションが有意義な提案を行っている。同社では、働く人の役割ステージを入社直後の「スターター」から事業運営責任者の「コーポレート・オフィサー」までの10段階に分け、各役割の間を「トランジッション」(移行期間)としている。「トランジッション」は1階から2階へ上がる階段のようなもので、この階段を上がる際に会社と本人がすべき事項を明らかにしている。

具体的には、①階段を上らせるのを後押しする「周囲の関わり」、②階段を上り続けられるための「成功体験の積み重ね」、③階段を上る際に本人が心掛ける「意識・行動」という3つがある。周囲の関わりという外部からの刺激を受け、特定の意識や行動を心掛けながら、成功体験を積み重ねることで現状の役割ステージから一つ上の役割ステージへ上がることができる。これが「成長実感」(成りがい)を生み、リテンション対策になる。



 人材流出防止の決め手は成長実感



一例を上げると、社員としての役割が大きく変わる管理職に相当する「マネージャー」というステージに上がるためのトランジッションでは、「周囲の関わり」として、①背中を押す、②現在同じ役割にいる社員同士を交流させる、③2つ以上の上位の役割にいる社員から協力を得たりフィードバックを受ける、④部下の声や反応を受ける、⑤尊敬する人物から影響を受ける、となっている。設定されている役割は業種や業界、企業規模を問わず共通なので、どんな会社にも対応している。職能資格制度のような社員を階層分けする仕組みの導入の有無に関わらず、利用することができる。

実際の使い方としては、一人ひとりの社員に自分が今、どの役割ステージにいて、次に目指す役割ステージはどのようなものなのか示す。そして、日常の職務遂行において心掛ける意識や行動はどのようなものなのかを理解させる。

一方、部下のいる上司・管理職は自分についてだけでなく、部下や後輩が一つ上の役割ステージに上がるためにはどのように関わればよいかという指針にする。そして、経営陣や人事担当者は自社の全従業員は、どのような役割ステージに何人いるのか、次の役割ステージに上がれず滞留している社員が多いのはどの役割ステージなのか、今後の経営方針や事業計画を推進していく上で人材が不足している役割ステージはどこかを確認する。

これ以上、階段を上がる気力、意欲、能力がない社員はリテンション対策の対象からはずし、穏やかな退出を促していく。適切なリテンション対策を施すことにより、新卒・中途採用の「アトラクション対策」を充実させながら、人材の新陳代謝を継続的に図ることが望まれる。


詳しい内容はこの本でどうぞ
部下育成の教科書
  部下育成の教科書



2015/11/26





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