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解雇の金銭解決制度ってどんなもの?


最近は国会に提出される法案にレッテルが貼られることが目立つ。労働関係の法案では労働者派遣法は「一生派遣法案」というレッテルが貼られ、時間ではなく成果に応じて賃金を払うホワイトカラー・エグゼンプションは「残業代ゼロ法案」と称される。複雑で専門的な法律について正鵠を得たようなレッテルなら、世の中に広くわかりやすく伝える効果があるが、そうでないと反対を煽ることになりかねない。

この調子なら解雇の金銭解決制度の法案が提出されたなら、たちまち「クビ切り容認法案」「解雇助長法案」といったレッテルが貼られそうだ。

しかし、レッテルとは裏腹に、解雇の金銭解決制度は中小企業の労働者には朗報になる可能性がある。逆に言えば、中小企業の経営者にとっては打撃となる恐れがある。今すぐこの制度が法制化されることはないが、将来に備え、解雇の金銭解決制度の概要を見てみよう。そこから、現在の解雇にまつわる諸問題も浮かび上がる。






解雇の金銭解決制度の仕組み


現在、厚生労働省で検討されている解雇の金銭解決制度は、裁判で解雇が無効になった場合に、金銭の支払いによって労働契約の解消を命じることができようにする仕組みのことだ。

現在は解雇された労働者が裁判を起こし、裁判所が解雇を無効と判断すると、会社に対し労働者の職場復帰を命じる。しかし、会社と裁判までして争った社員は経営者や職場の上司・同僚との人間関係がこじれてしまい、現実には職場復帰できないことが多い。実際に裁判で勝訴した大半の労働者も職場には復帰せず、裁判の後、再び会社と話し合い、金銭を受け取って退職している。

現状では労働者が裁判で得ることができるのは職場復帰だけで、金銭を受け取って雇用関係の解消を求めることはできない。これは、解雇という労働契約の解消を会社が申し出る行為は、一定の制限があるものの合法であり、不法行為に当たらず損害賠償請求ができないためだ。

そのため、解雇を巡る裁判では労働者側は、雇用契約上または労働契約上の「地位確認請求」という職場復帰を求めて訴えを起こすることになる。職場復帰を求めながら、その一方で解雇を受け入れる代わりに金銭を要求するという訴えは矛盾する。

こうした現実問題を解決するのが「解雇の金銭解決制度」で、解雇が無効になり、労働者が職場復帰できない場合には、裁判所が会社に金銭を払わせることで労働契約の解消を命じることができるようにする。訴えを起こす労働者側に解雇を巡って解決金を請求できる権利が付与されることになる。



解雇トラブルを解決する現在の仕組み


解雇を巡るトラブルは裁判以外にも、あっせん労働審判という仕組みが用意されている。

「あっせん」とは、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて行われるもので、都道府県の労働局や労働委員会といった行政機関や、弁護士会、社会保険労務士会といった団体が労働者と会社の間に立って、双方の言い分を聞きながら話し合いで解決を図る仕組みだ。会社はあっせんを拒むことができるため、会社と労働者の双方が話し合って問題を解決しようという意思がなければ機能しない。

「労働審判」は司法による解決を図る仕組みで、労働者が解雇問題を労働審判に持ち込むと、会社は拒むことができず、強制的に審判が開始される。だが、出された審判の結果を強制することができない。悪質な会社が審判結果を無視してしまえば労働者側はなすすべがない。解雇の金銭解決制度が導入されると、解雇無効と同時に金銭の支払いが強制執行(例えば、銀行預金や売掛金の差押え)できることになる。

このように解雇の金銭解決制度は、解雇された労働者側が泣き寝入りすることなく、解決金を得て再出発できることに道を開くことになる。そのため中小企業の経営者にとっては解雇によって経済的負担が増すというリスクが高まることになる。






解雇トラブルが解決されるまでの道筋


解雇された社員が、解雇に納得出来ない場合、「あっせん」「労働審判」「訴訟」のいずれかを利用し、解決を図ることができる。「○○ユニオン」といった社外の労働組合に加入すると、会社対組合という団体による交渉になるため、ここでは除外する。

労働者があっせんを求めると、会社にあっせんの通知書が来る。会社はあっせんを拒否することができ、あっせんを拒めば、その時点であっせんは終了する。労働政策・研修機構の調査によれば2012年度の都道府県の4つの労働局のあっせんで、会社があっせんを拒んだ割合は38%で、あっせんで合意に至った割合とほぼ同じだ。あっせんに参加しても、あっせん案に納得できなければ、拒否することもできる。通常、あっせんは1日で終わるため、当日その場で結論が出ることになる。

あっせんが不調に終わり、労働者側があきらめてしまう場合もあれば、労働審判へ進むこともある。また、あっせんを経ず、最初から労働審判が選択されるケースもある。労働審判は「労働審判法」という法律に基づき行われるもので、解決の場は司法へ移ることになる。あっせんと違い、会社は労働審判を拒否することはできない。

裁判官・1名と労働審判員・2名が労働者側と会社側から提出された書面を調べ、質問をして、調停案を示す。経営者の感情的な言い分や主張はあまり斟酌されず、書面と証拠がモノを言う。示された調停案でまとまらない場合は「審判」という決定が下される。労働審判は3日で終了することになっているが、通常は1日目でほぼ結論に至り、調停案が示される。先の労働政策・研修機構の調査によれば、93%という高い割合で調停が成立している。

これは調停案に納得できず拒否すると審判となるが、同じ裁判官が判断するため、ほとんどの場合、審判は調停案と同じ結果になる。このため調停案が示された段階で、これが最終結論と理解し、調停を受け入れている。審判が下され、それでも納得できない場合は異議申立てができる。異議を申し立てると、自動的に訴訟へ移行することになる。

争いが訴訟になると、労働者側は「賃金仮払いの仮処分」を申し立てることがある。裁判をしている間の生活を維持するため、会社に在籍中の毎月の賃金の全額または一定割合を仮払いで要求するものだ。

仮処分が認められると、会社は裁判が継続している間、仕事をしていない元社員に毎月給料の全額または一部を払うことになるため、負担が一気に増す。裁判は一審でも1年以上かかり、二審、最高裁へ進めばさらに時間がかかり、負担は増える一方だ。裁判で勝てば仮払いした賃金は取り戻せるが、敗れると払ったおカネは返ってこない。



解雇に対する備えとは


解雇に当たっての会社の注意点は、まず解雇せずに済むように退職勧奨を行い、自主的な退職を促す。これが功を奏さず解雇する場合も、出来る限りトラブルにならないように準備を進めて行う。解雇を巡る判断では事案の内容や程度、会社の就業規則や対応状況などによって左右されるため、ネットの情報だけを頼りにするのではなく、出来れば弁護士や社会保険労務士といった専門家のアドバイスを受けるようにする。

万一、あっせん、労働審判、訴訟になった場合は、いずれも早い段階で金銭を払うことで解決する。問題の解決が長引くほど、かかるかかるおカネは多額になる。労働政策・研修機構の調査によると、解決金の平均はあっせんが28万円、労働審判は230万円、訴訟では450万円になっている。バラツキが大きいため中央値を見ると、あっせんは15万円、労働審判は110万円、訴訟では230万円になっている。

一方、労働者側からすれば解雇されると職場復帰は難しいという現実がある。あっせん、労働審判、訴訟のいずれでも、ほとんどのケースで金銭による解決がなされている。そのため、しかるべき対価を得て、再出発に専念するのが現実的と言える。仮に訴訟を起こし勝訴しても、精神的な苦痛に対する損害賠償は得られないし、会社によっては判決で命じられた職場復帰をあえて行う場合もある。出社を拒み続けると、今度は無断欠勤で懲戒解雇になる恐れがある。

こうして見ると解雇の金銭解決制度は導入されていないが、実際は機能していることになる。問題はこうした現実があまり知られていないため、労働組合がないような中小企業では労働者が不利な状況に置かれていることにある。解雇の金銭解決制度が法制化されると、情報が広く世間に周知されることになる。その結果、中小企業でも安易な解雇には一定額の出費が伴うことになる。


2015/12/20





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