差別の禁止を定める労働法
企業における組織の機能は日米で大きな違いがあるが、人事部もその一つだ。日本では会社規模が大きくなるにつれ、人事部の権限は強くなる。人事部に要注意人物としてマークされると出世は望み薄だ。一方、アメリカでは会社規模が大きくても、人事部門の権限はあまり強くない。採用や評価、異動などの決定はほとんど現場に委ねられており、その判断に人事部が関与することはない。
アメリカ企業の人事部の主な仕事は訴訟の予防だ。元々、差別に敏感なお国柄で訴訟が起きやすいことに加え、集団訴訟に発展しやすい。このため裁判に勝っても負けても、和解しても賠償金や和解金、弁護士費用が巨額になる。そのため人事部の重要な仕事は社内で法令違反が起きないようにすることになる。
日本でもアメリカほどではないが、雇用形態や働き方が多様化し、差別が起きやすい環境になりつつある。日本では差別を禁止する労働法が複数に分かれているため、概要を整理してみよう。
労働基準法と男女雇用機会均等法による定め
まず労働基準法では第3条(均等待遇)で、「労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的な取扱いをしてはならない」としている。ここでは、採用した後の労働条件について差別的取扱いを禁止しているだけで、採用前の選考における差別的な取扱いには何も触れていない。
また性別による差別も対象外になっている。女性については第4条(男女同一賃金の原則)で、「女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」とされている。ここで差別の対象となっているのは「賃金」だけで、その他の労働条件については労働基準法による規定はない。
性別による差別については男女雇用機会均等法に規定がある。第5条(性別を理由とする差別の禁止)では、「募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない」とし、続く第6条では、「配置(業務の配分及び権限の付与を含む)、昇進、降格及び教育訓練」「職種及び雇用形態の変更」「退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新」について、性別を理由とした差別的取扱いを禁止している。
男女雇用機会均等法では「雇用管理区分」ごとに差別的な扱いかどうかが判断される。雇用管理区分とは、職種、資格、雇用形態、就業形態等により、ある区分に属している従業員を他の区分の従業員と異なる雇用管理を行うことを予定して設定されているものを言う。
雇用管理区分が同一かどうかの判断は、職務の内容や人事異動の幅・頻度等について客観的・合理的な違いが存在しているか否かで行われる。形式や名目で異なる扱いになっていても、実態として同一であれば同じ雇用管理区分として扱われる。異なる雇用管理区分の間で性別による何らかの差や違いがあっても、それは対象外になる。
男女雇用機会均等法では、こうした直接的な性差別に加え、第7条では間接差別も禁止されている。間接差別とは、外見上は性別による差別はない基準でありながら、その基準を満たす男女の比率からみて実質的に差別となるものを指している。
男女雇用機会均等法では間接差別として限定的に3つの例を挙げ、これに該当するケースのみを禁止している。その3つは、①募集・採用において身長・体重・体力の要件を定めること、②コース別の雇用管理を行っている会社で、総合職の募集・採用に際し転勤できることを定めること、③昇進において転勤の経験を必要とすること。
労働契約法とパートタイム労働法による定め
有期雇用契約の労働者の差別を禁止しているのが労働契約法だ。第20条(不合理な労働条件の禁止)では、有期労働契約を締結している労働者の労働条件が、期間の定めのない労働者(いわゆる正社員)の労働条件と相違する場合は、この相違は①業務の内容及びその業務に伴う責任の程度(=職務の内容)、②職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情、この3つを考慮して不合理と認められるものであってはならないと定めている。ここでの労働条件はあらゆる労働条件が対象となる。
有期雇用契約のパートやアルバイトにも労働契約法の第20条が適用されるが、労働時間が短いパートやアルバイトといった短時間労働者の差別を禁止しているのがパートタイム労働法だ。この法律では正社員に比べ1週間の所定労働時間が短い労働者を「短時間労働者」として扱っている。そして、正社員と同一視すべき短時間労働者については、第9条において「短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的扱いをしてはならない」と定めている。
【改正情報】(H30年8月 追記)
H30年6月に成立した「働き方改革関連法」の成立により、「パートタイム労働法」は短時間労働者だけでなく有期雇用契約の労働者も含まれるように改正され、「パートタイム・有期雇用労働法」に改称されます。労働契約法の20条は廃止され、新しい「パートタイム・有期雇用労働法」の8条に引き継がれます。詳しくは「働き方改革関連法の解説ページ」をご覧ください。
この「正社員と同一視すべき短時間労働者」とは、H27年4月の法改正により適用範囲が大幅に拡大されている。新しい対象者は正社員との比較で、①業務の内容及びその業務に伴う責任の程度が同じ(=職務の内容が同じ)で、②人事異動などの配置の有無や範囲が同じ、この2つが満たされていれば第9条が適用される。従来のあった「無期労働契約を締結していること」という要件は削除された。
このため、短期の有期労働契約の更新を繰り返している短時間労働者も、正社員と仕事の内容や責任の範囲や重さが同じで、人事異動・配置転換も同じように行われる短時間パート社員は差別的扱いが禁止される。
そして正社員と同一視すべき対象からはずれる短時間労働者については、第10条で正社員との「均衡を考慮しつつ」、職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験を勘案し、「賃金を決定するように努めるものとする」と定められている。「均衡を考慮する」とは、正社員との賃金の違いは、職務の内容や労働時間の長さに見合った、釣り合いの取れたものにしなければならないということだ。仮に就業の実態が正社員と同じなら、「均衡を考慮」すれば「均等な待遇」になる。
法律が求める人事管理区分の移動
今後、企業の人事管理は有期・無期という雇用形態と労働時間の長短によって、以下の図のように4つに区分けされる。そして、これらの間をライスタイルや生活実態、就労に対する価値観に応じて、自由に移動できるようにすることが求められる。
一方、法律により移動が求められることもある。労働契約法の第18条では、同じ会社で有期雇用契約が通算して5年を超えて反復更新された場合、会社は労働者から申し出があれば無期雇用へ転換しなければならないことを定めている。
そしてパートタイム労働法の第13条では、会社に対し通常の労働者(=いわゆる正社員)への転換措置として、次の「いずれか」の措置を取り入れることを求めている。①通常の労働者を募集する際は、パートタイム労働者にもその情報を周知すること、②通常の労働者の異動を公募で行う場合は、パートタイマーにもその機会を与えること、③通常の労働者への転換の試験制度を導入すること。
正社員については育児介護休業法により、3歳未満の子供がいて育児休業を取得していない男女の労働者を対象に、1日の所定労働時間を6時間とする「短時間勤務制度」を明文化して導入することが義務化されている。このため、正社員から短時間正社員への移動が起きることになる。
働き方が変化するにつれ労働条件や処遇、待遇も変わることが予想され、それに伴い差別的取扱いが意識される機会も増える。日本の会社もアメリカの会社の人事部と同じように紛争の未然防止の必要性が高まっていると言えそうだ。
2016/3/19
事務所新聞のヘッドラインへ
オフィス ジャスト アイのトップページへ