判断が難しい休職期間満了による退職
日本の人事労務管理の難しさとして、紛争解決時における低い予測性が指摘されることがある。法律の規定が曖昧だったり、法律で定められていても直ちに合法とは限らないこと多々がある。そのため、一つの判断を巡って労働者と争いとなった場合、結果が予測しづらく、裁判は出たとこ勝負、やってみないとわからないという状況になる。
その典型的な事例として、休職している社員の職場復帰を巡る判断がある。復帰を拒めば復職を求めて訴訟になる恐れがある。逆に復帰を認め症状が悪化すれば、安全配慮義務違反を問われ、損害賠償を請求される心配がある。そんな復職を巡って2つの大学で裁判が相次いだ。
休職の原因を巡る争い
最初の事件は、福岡大学の助教授が起こした裁判だ。工学部の助教授が脳内出血を起こし療養が必要になった。大学は就業規則に従って休職を命じ、その後、休職期間が満了となったため退職扱いにした。これに対し助教授は、疾病が発症した原因は過重な業務によるものであり、大学側の退職扱いは労働基準法に違反しているとして、地位確認を求めて争いになった。
労働基準法・第19条1項は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は(中略)解雇してはならない(以下略)」という解雇制限を定めている。一方、大学側はあくまで就業規則に定められた休職規定、休職満了規定に従った措置であると主張した。
福岡大学の就業規則は28条で、職員が「心身の故障のため、引き続き長期の休養を要するとき」は休職を命ずることがあり、「この場合の休職期間は2ヶ年以内とする」と定め、29条では、職員は「休職期間が満了し、復職が命ぜられないとき」は退職とすると規定されていた。ここで特徴的なのは28条で、「心身の故障のため」とだけ定めてあり、故障の原因には私傷病だけでなく、業務上のものも含まれる点だ。
福岡地裁は、本件の疾病の原因は業務に起因したものであるという判断を示し、その上で大学の就業規則をそのまま解釈すれば、業務上の傷病により長期間療養する場合は、労働基準法19条が定める解雇制限の潜脱(=法の網をかいくぐること)を許すことになり、相当ではない。そのため大学の就業規則の28条には追加で、「ただし業務上の傷病による休職の場合を除く」との定めを含むものとして、限定的に解釈するのが相当であるとした。その結果、本件の退職は有効ではないという判断を示した。(平成25年4月22日判決
(ワ)2127号)
この地裁判決に納得できない大学側は控訴した。福岡高裁は、①労働者の基礎疾患である硬膜動静脈瘻が確たる発症因子がなくても、自然経過により発症する寸前にまで至っていた可能性を否定できないこと ②労働者の業務の内容は客観的にみて、硬膜動静脈瘻を自然経過を超えて増悪させ、脳内出血の発症に至るほど過重なものであったとは認められない ③硬膜動静脈瘻事態の有する危険性が現実化して脳内出血が発症した可能性を否定できない、とした。そして、これらを総合すると、労働者の業務と本件の疾病発症との間に相当因果関係を認めることはできないとして、大学側の主張を認める判決を下した。(平成26年3月13日判決
(ネ)537号)
休職からの復帰を容認するか否かの判断が難しいのは、このケースのように疾病の発生や、その原因形成が業務上の理由によるものなのか、それとも生活習慣や本人の脆弱性によるものなのかの判断が難しいことだ。このため会社の予防策としては、休職の原因となるような過重な労働環境を減らすように努め、休職の原因が業務上のものとされないようにすることだ。
なお厚生労働省の通達では、有期労働契約を締結している場合は、たとえ業務上負傷し又は疾病にかかり療養のため休業する期間中であっても、労働契約の期間満了によって労働契約は終了するため、労働基準法・第19条1項の適用はない(S63.3.14
基発150号)
また休職期間中に定年を迎えた場合は、定年によって労働契約が消滅することが慣行となっており、それを従業員に周知させる措置をしていれば解雇の問題は生じないとしている(S22.7.29 基収2649号)。だが高年齢者雇用安定法が改正され、現在は60歳定年の会社では継続雇用が義務となっているため、この通達が裁判でも有効とされるかどうかは定かではない。この点はまた別の事件で、裁判所が新しい判断が示す可能性がある。
復帰を認めるか、それとも退職か、難しい判断です
打切補償を巡っての争い
もう一つの事件は、専修大学の職員が解雇を巡って起こした裁判だ。この職員は頸肩腕(けいけんわん)症候群という首筋から肩、腕にかけての痛みやしびれなどの異常を伴う症例を訴え、私傷病により休職となった。1年後に復職するが、半年後に再発したため退職した。
その後、この職員が労災を申請し認められることになったため、大学は遡って退職を取消し、復職させた。そしてこの職員は2年間の休職に入った。休職期間の満了にあたり、大学は復職が可能と判断できる客観的資料の提出を求めたが、職員はこれに応じず、「リハビリ勤務」による復職を要求した。結局、大学は復職を認めず、労働基準法に定める打切補償として約1600万円を支払い解雇した。これに対し職員が、解雇は違法として訴訟を起こした。
打切補償とは労働基準法・第81条に定められたもので、業務災害による療養開始後3年を経過しても病気やケガが治らない場合、会社は平均賃金の1200日分を払うことで、それ以上の補償の義務がなくなる。そして、この打切補償が行われると、労働基準法第19条1項のただし書きにより、業務災害による休業期間中でも解雇ができるようになる。
今回、労働者側は、自分は打切補償を定めた労働基準法81条の労働者には該当しないと主張した。81条は労働基準法によって補償を受ける場合の規定であり、自分は労災保険の給付は受けたが、労働基準法による補償は受けていない、だから打切補償の対象には該当しない。従って労働基準法・第19条1項で定める解雇制限の期間内にあり、解雇は違法で無効であると主張した。
最高裁が示した判断とは
これに対し、1審の東京地裁、2審の東京高裁は共に労働者側の言い分を認めた。両裁判所とも、打切補償の対象となるのは、あくまで労働基準法による補償を受けている労働者であり、労災保険の給付を受けている労働者は対象にはならないという判断を示した。
この判決の背後には、打切補償について定めた労災保険の規定がある。労災保険法の第19条は、業務上の傷病による療養開始後3年を経過した日において、労働者が傷病補償年金の受給対象となる場合は、打切補償を支払ったものとみなされ、労働基準法・19条による解雇制限は解除されると定めている。
傷病補償年金の受給は傷病等級が1級~3級という重篤な状態が対象で、職場復帰の余地はほとんど閉ざされている。このため年金による所得補償を図り、解雇制限の解除を容認している。逆に言えば、傷病補償年金の受給対象にならないケースでは職場復帰の可能性があり、この場合に解雇制限を解除し、会社側の補償義務を免除してしまうと労働者側に著しい不利益を課すことになりかねない。
地裁・高裁の判決に納得できない大学側は上告。最高裁は1審・2審の判決は是認できないとし、高裁へ差し戻した。最高裁は、①労働基準法と労災保険法は同日に公布・施行されている、②労災保険の各給付は労働基準法による災害補償が行われる事由が生じた場合に行われ、保険給付の内容も労働基準法による災害補償に対応している、③労災保険の給付が行われると労働基準法による災害補償義務が免除される、以上の点から、労災保険法による給付は労働基準法上の災害補償に「代わるもの」ということができるとした。
そして、労災保険による補償と労働基準法による補償の違いによって、労働基準法・19条のただし書きの解雇制限解除の適用の有無の取り扱いを異なるものにすべきとは言い難いとした。また、仮に労災保険から給付を受けている場合に打切補償が行われたとしても、障害または疾病が治るまでの間は労災保険から必要な療養補償給付がなされることを勘案すれば、解雇制限の解除について異なる扱いにしなければ、労働者の利益の保護を欠くことになるとは言い難いとした。(平成27年6月8日判決(受)2430号 判決文はこちら)
この最高裁判決により、会社は労働者が業務災害により労災保険から給付を受けている場合でも、打切補償を行って解雇することが認められたが、解雇できることが必ずしも法的に認められるとは限らない。今回、最高裁が高裁へ差し戻したのは、解雇の有効性を巡って労働契約法16条の解雇権の濫用に該当しないかどうかを審理させるためだ。打切補償によって解雇制限が解除されても、解雇に客観的で合理的な理由がなく、社会通念上相当でない場合は無効とされる余地が残っている。
【労働基準法・第19条】
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては、この限りでない。
【労働基準法・第81条】
第75条の規定によって補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
【労災保険法・第19条】
業務上負傷し、又は疾病にかかった労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合には、労働基準法第19条第1項の規定の適用については、当該使用者は、それぞれ、当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなった日において、同法第81条の規定により打切補償を支払ったものとみなす。
2016/7/23
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