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退職金制度に忍び寄る危機


日銀がマイナス金利を導入したことで、私たちの暮らしへの影響が取り沙汰されている。しかし、退職金への影響が取り上げられることはあまりない。

金利や運用利回りの低下は厚生年金基金のような企業年金の話と思われがちだが、毎月の掛金や拠出金による積立金を運用し退職金を準備する仕組みは、運用利回り低下の影響を受ける。その結果、会社は必要な時期までに必要な金額の退職金が準備できなくなる恐れがある。

退職金制度を巡っては、平成24年3月に税制適格退職年金制度(適年)が廃止となった際、大きな注目を集めた。この時、すでに多くの適年には積立金の不足が生じていたが、退職金制度の見直しをせず、積立金の移行だけを行った会社も多い。こうした会社では退職金の積み立て不足は依然として続いている。

適年からの移行はあくまで退職金の積み立て方法の変更に過ぎず、高利回りの運用を前提にした掛金に基づき計算された支給金額は変更されないまま存続している。この場合は、実際に退職金を支払う時に必要な金額が大幅に不足しているという事態に直面することになりかねない。






最高裁判決がもたらす影響


また、適年からの移行時に退職金制度の見直しをして従業員から同意を得ていても、不利益変更が問題となる可能性もある。

信用組合の合併に伴い退職金を減額した事件(山梨県民信用組合事件 平成28年2月19日判決)では、裁判を起こした労働者は退職金規程変更の同意書に署名捺印していたものの、最高裁は「本件基準変更により管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても,情報提供や説明がされる必要があったというべきである」とした。

そして説明会の開催や不利益となる内容の説明だけでは自由な意思による同意とは言えず、不利益な程度が重大であればあるほど、より詳しい情報、例えばこの事件なら個人ごとの具体的な退職金の額を提示した上での同意が必要であるという判断を示している。

この最高裁判決により、今後、退職金が支払われる際に、適年からの移行の際に行われた退職金規程の不利益変更の有効性を巡ってトラブルとなる恐れがある。

一方、適年が廃止されるに伴い適年を解約した会社も約3割ある。こうした会社では適年の積立金は個人に一時金で支払われた。このため、会社側はこの時点で退職金の精算は済んだものと理解しているが、会社側の説明が十分になされていないと、受け取った従業員側にそうした認識がなく、再び、退職金の額を巡ってトラブルとなることもあり得る。

退職金を巡って争う社員は、今後、この会社で働くつもりがないから、要求はエスカレートし、和解のためのハードルも高くなりがちだ。



「こんな話は聞いてないよ」は、トラブルの種



退職金制度の見直しのポイント


このように退職金問題は会社にとって潜在的なリスク要因となりつつある。退職金については経営陣も社員側も普段、意識することがあまりないため、見直しされないまま放置されていることが多い。このため数十年も前に作った制度や規程が一度も見直されないまま現存しているというケースも珍しくない。退職金制度も人事制度の一つであり、定期的なメンテナンスが必要だ。

会社が退職金制度を見直す際は、自社の人事管理のあり方と退職金を取り巻く環境の変化を見据えた上で、退職金の目的、位置づけ、何のために存在するのかといったことを明確にすることから始める必要がある。これらを明確にすることで退職金制度が芯の通ったものになり、適切な積み立て方法の選択に繋がる。

多くの中小企業経営者の胸の内には、退職金の目的として社員の長年の功労に報いたいとする考えがある。だが実際は、数年で自己都合により退職した社員にも退職金が支払われていることがある。「長年の功労」と言うのであれば、勤続年数が20年未満の場合には退職金を支給しない制度も成り立つ。

『退職金は賃金の後払いの意味もあるから、全く支給しないのは問題になるのではないか』、と心配する向きもあるが、退職金については法的な規制や制約がないため、会社は退職金制度を自由に設計することができる。退職金の賃金後払い説が問題になるのは、退職金規程がありながら、懲戒解雇などを理由に退職金を全額支給しなかった場合の話だ。逆に勤務年数が短い非正規社員に退職金を支給することで、人材の引き止め策とすることもできる。

非正規社員に対する退職金は別の視点からの注意が必要だ。労働契約法・第18条の改正により、有期雇用契約が反復更新され5年が経過すると、非正規社員には無期雇用転換権が与えられ、これを行使すれば雇用期間は有期から無期へ転換される(無期転換ルール)。就業規則で退職金の支給対象者を「期間の定めある者は除く」としていると、無期雇用へ転換された社員も退職金の支給対象者になる。

非正規社員の引き止め策に退職金を利用する場合は、退職金の額が5年をはさんだ前後で整合性が取れていることが望ましい。



退職金を前払いする


退職金制度を見直す際は、勤続年数をどの程度、重視するのかも大きなテーマだ。例えば10年の在籍中に非常に功績があった社員と、見劣りする評価で20年勤務した社員の退職金はどの程度の差を設けるべきかといった問題だ。これは従業員の会社における生涯所得として、月額賃金、賞与、退職金という3つを、それぞれどのような基準で払い、どのようなバランスにするのかという問題に帰着する。

90年代の不動産バブルが崩壊する以前はどの会社も賃金や賞与は年功重視型であり、退職金も自ずと勤続年数を重視する年功型で収まりがよかったが、最近は多くの会社で賃金や賞与が成果重視に移行している。それならば退職金も在籍中の貢献度を反映したものとするのも一つの考えだし、逆に在籍中の成果は賃金や賞与に反映させているから、退職金は勤続年数を重視するという考え方も成り立つ。

さらに踏み込めば、果たして自社に退職金は必要なのかという話にも行き着く。アンケートや調査によれば、多くの社員や入社希望者は退職金はあった方が望ましいと回答する。これは質問が適切でなく、誰でも退職金は無いより有った方が望ましいに決まっている。

そこで質問を変えて、退職時に一括して支給される退職金と、毎年、退職金の積み立て相当分を賞与で支払う方法とどちらが良いかということにすれば、回答はかなり分かれる。数十年先のまとまった退職金よりも、毎年、先払いで支給される方が自己投資や家族のために使えて望ましいと答える人も多い。このため一部の会社では退職金の前払い制度を選択できるようにしたところも出始めている。

会社も個人も退職金の意味を再検討してみる必要性が高まっている。


2016/9/28


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