研修の課題 なぜ行動は変わらないのか
かつては人材育成と言えばOJTが主流で、OFF-JTはどちらかと言えば脇役だった。だが最近は脇役の地位が向上している。平成27年度の厚生労働省の「能力開発基本調査」によると、会社が支出した労働者一人当たりのOFF-JTの費用は17,000円で、3年連続の増加となった(図1)。また過去3年間にOFF-JTの費用を増加させた企業の割合は全体の約25%を占め、今後3年間で増加させる予定であると回答した企業は35%となり、こちらも急増している(図13)。
H27年度の能力開発基本調査はこちら(PDF)
会社がOFF-JTを重視する背景には、ビジネスを取り巻く環境の変化がある。技術革新や情報通信技術の進歩、グローバル競争の激化により、ビジネスのモデルやプロセスの変化が著しい。このためOJTの内容のアップデートが追い付かないないことに加え、現場での少数精鋭主義の浸透により、OJTに振り向ける人員も時間も減少を余儀なくされている。その結果、OFF-JTによって現場を離れたところで集合研修を行い、人材育成を図る必要性が高まっている。
そしてOFF-JTに求められる役割も変わりつつある。最近はOFF-JTによって、変化に対応できる人材を育成する、あるいは新しい価値を創造できる人材を養成することが期待されつつある。
OFF-JTを実際に展開する際は集合研修が中心になる。この集合研修には、会社が研修を企画し社内で実施する場合と、外部の研修機関が実施する公開講座・セミナーに社員を派遣する方法がある。だが、いずれにも共通した悩みがある。それは研修を実施しても、①受講した社員の行動変容が見られない点と、②研修の効果が長続きしないという点だ。今回はこの行動変容が見られない問題に対する対策を検討してみよう。(②は次回に取り上げる予定)
行動変化が起きない原因とは
研修を実施しても受講者の行動に大きな変化が見られない原因として、受講者が自分の行動を変える必要性や重要性を理解していないことが挙げられる。受講者は研修前に会社から研修の内容やカリキュラムは伝えられるものの、なぜ会社はこの研修を行うのか、あるいは、なぜ自分はこの研修を受けなければならないのか、変わらなければ会社と自分は将来どうなるのか、といった研修を行うことになった背景や研修の狙い、意図がしっかり伝わっていない。
この背景には、研修を企画する段階や研修講座を選定する際に、研修ニーズを深堀りできていないことがある。社内で研修についてのヒアリングやアンケートを行っても、集まった声が研修ニーズとは限らない。アンケートなどで集まる問題は表層的な現象であったり、前提条件を変えられないものとした上での意見であることが多い。
こうした場合は本当の研修ニーズはもっと奥深い所や、別の問題に隠されている。研修を企画したり選定する場合は、現象の背後にある潜在的なニーズを探り当てる必要がある。これを怠ったまま研修を行うと、研修内容が総花的になったり、現場のニーズからはずれたものになってしまう。
また研修受講者の選抜方法にも原因がある。日本の企業で行われる研修は、階層別や職能別で行われることが多く、特定の集団を一括りにして、そこに属する全員が参加する。このため研修ニーズに対して必ずしも適切な人選ができているとは言えず、会社は受講者に対し「なぜ、あなたはこの研修を受けるのか」「この研修によって、あなたに何を習得して欲しいのか」、といった個人別の説明ができない。そのため受講者にすれば、仕事と研修が別物になり、研修は忙しい時に時間を取られるお荷物的な存在になっている。
今後は、従来からの階層別や職能別の研修に加え、研修ニーズに適した社員を選抜する方法も取り入れる必要がある。そのためには、①人事評価や人材アセスメントといった手法により社員の個人別の研修ニーズを把握する方法や、②現場の上司や管理職が研修ニーズに合った部下を選抜、推薦する方法などを取り入れる必要がある。
【参考ページ】
個人別の研修ニーズは個人特性分析を行えばわかります。
管理職の研修ニーズは多面評価を行うことで明らかになります。
イメージがないと変われない
研修受講者の行動が変わらない原因として、具体的にどのように変わればよいのかがわからないという点もある。特に外部の公開講座・セミナーでは、研修の内容が基礎的、一般的、抽象的、概念的なものになりがちだ。そのため研修で得たものを実際の現場で応用したり、展開する方法が見えてこない。
この問題に対処するには、研修実施前に研修の期待成果を明確に伝えるようにする。研修によってどのような行動が出来るようになって欲しいのか、どういった成果を期待しているのかを伝え、理解させた上で受講させる。研修による成果を活用したイメージをもった上で受講していれば、自ずとヒントや気づきが得られるようになる。
そのためには経営者や受講者の上司や管理職は、部下が受講する研修の内容を掌握しておく必要がある。出来れば、上司も部下の研修に参加するくらいの試みがあってもよい。自分で研修に立ち会えば、研修の内容を実際にどのように仕事に結びつければよいかを上司の視点から理解できる。また研修で得た成果を上手に活かしている他の参加者のケースを例示することもできる。
そして、変わる必要性がない、変わらなくても支障がないといったように、変わるためのインセンティブが働かない点も見直すようにする。そのためには研修後の対策が必要になる。例えば、研修後に研修で得たものを使わざるを得なくなるような課題や仕事を任せるようにする。あるいは研修で得た成果を使って、現在の仕事を改善し、生産性を高めることを翌期の目標にしたり人事評価の対象項目にする。ここでもやはり上司の関わりが欠かせないことになる。
研修を取り巻く周辺事情が重要
こうして改善策を検討してみると、研修前にすることや、研修後になすべきことが多いことがわかる。研修だけで行動を変えることには無理がある。
研修だけでは人は変われないことは、近年の学習心理学でも明らかにされている。1980年代頃から、従来の「行動主義」や「認知主義」といった学習論に加え、「状況的学習論」「状況主義」と呼ばれる動きが台頭している。これは人間の学習や発達は本人の頭の中だけで自己完結的に行われるだけではなく、周囲にある道具や、関係者、社会、文化、コミュニティ等との社会的相互作用による営みであるとする。
状況的学習論によれば、研修自体はあくまで本人の頭の中だけによる学習であり、研修だけを受けていても学習は進まず、会社に戻ってからの仕事や課題、上司や同僚・部下、同じ研修を受けた者同士、研修で知り合った社外の人といった社会的な繋がりによる相互作用がないと、行動変容は起きないことになる。
研修自体はあくまで変化を起こさせる機会、きっかけを提供するに過ぎない。研修は人材育成という施策を構成する部品の一つであり、一つの部品だけで人材育成が機能することはない。
【参考ページ】教育訓練体系の作り方
【関連ページ】研修効果を持続させるためのヒント
2017/1/23
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