人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

頻発する労働条件の変更を巡る争い



日頃、あまり意識することはないが会社が人を採用する、働く人が会社に就職するということは、会社と労働者が労働契約を結ぶことに他ならない。この契約によって労働者は労働力を提供する義務を負い、会社は賃金を支払う義務を負う。この事は労働契約法の第6条に「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」と明記されている。

そして労働契約法・第8条は「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定められている。これは反対に解釈すれば、双方の合意がなければ労働条件の変更はできないことになる。

だが現実には合意がないまま労働条件が変更されることがある。例えば就業規則の変更による場合だ。会社は就業規則の変更にあたり、労働者の意見を聴くことは求められるが、同意を得ることまでは必要ない。このため就業規則の変更により、労働条件が一方的に変更されることがある。

また会社が人事権を行使することで労働条件が一方的に変更されることもある。労働契約法は出向、懲戒、解雇については、会社に権利の濫用があった場合は無効になるという定めがあるが、人事異動や配置転換、指揮命令、業務命令、降格などについては定めがなく、労働契約法の第3条5項による一般的な権利の濫用禁止規定が適用される。

会社には人事権はあるが、その行使はいつ・いかなる場合でも法的に容認されるとは限らないため、いざトラブルになると労働者の同意の有無が焦点の一つになる。






問われるのは自由な意思


ところが最近、労働条件の変更に際し、会社が労働者の同意を得ていたにも関わらず、後日、その合意が争点になり、労働者の「自由な意思」の存在が問われる裁判が相次いでいる。

西日本鉄道事件(福岡高裁 平成27年1月15日判決)では、バスの運転手という職務限定で中途採用された労働者の配置転換が争いになった。この労働者はバスの運行を巡ってしばしば事故やトラブルを起こし、乗客からの苦情も相次いだため、会社はその都度、指導や教育、研修を行うものの改善が見られなかった。このため会社は退職勧奨を行ったところ、労働者は配置転換の願いを申し出た。

会社はこの意向を受け入れ、軽作業を行う部門へ異動を命じた。その後、この労働者は約2年半で退職するが、その後、バスの運転手からの職種変更の申し出は会社の強迫によるもので、配置転換命令は無効であり、賃金・退職金の差額と慰謝料を求め裁判を起こした。

福岡高裁は職種限定の社員でも同意があれば職種変更が可能とする判断を示し、この同意は本人の任意によるものであることが必要であるとした。そして、この任意という自由な意思を判断するに当たっては、職種変更に至る事情とその後の経緯を検討する必要があるとし、具体的には、①職種変更の申し出が自発的なものか、それとも会社の働きかけによるものか、②会社の働きかけによるものであれば、今の職に留まるのが困難な状況にあったのか、③職種変更後の状況、という3つを指摘し、今回の事件の職種変更の同意は労働者の任意の同意によるものであり、有効であるとして労働者側の訴えを退けた。



2年半も前の人事異動を巡って裁判かぁ・・・



同意書を得ても十分とは言えない


広島中央保険生活協同組合事件(最高裁 平成26年10月23日判決)は、妊娠した女性職員が本人の申し出により経緯な部署に異動になった際、副主任を免じられ降格となったのは男女雇用機会均等法に違反しているとして訴えた事件だ。これはマタハラについての初の最高裁判決として新聞等でも大きく報道された。

最高裁は、一般的に妊娠中の軽易業務への転換を契機とする降格は、男女雇用機会均等法で定める不利益な取り扱いになるが、その例外の一つとして、本人の自由な意思により降格を承諾した場合を挙げた。そしてこの承諾にあたる本人の自由意志の確認には十分な合理的な理由が必要であるとし、労働者が病院側から適切な説明を受けて十分に理解した上で諾否を決定し得たかどうかを判断すべきであるとした。その結果、この事件では本人の自由な意思に基づいて降格を承諾したものとは言えないとして、労働者側の主張を認める判決を下した。

山梨県民信用組合事件(最高裁 平成28年2月19日判決)では、合併に伴う退職金支給基準の変更についての同意が争点になった。2回に渡る合併の際、退職金規程の変更が行われ、新しい規定に基づき一部の管理職の退職金は計算基礎となる給与額が2分の1になり、厚生年金基金と企業年金からの支給があるため、信用組合からの支給額がゼロになった。このため、退職した複数の元管理職たちが合併前の基準による支払いを求め裁判を起こした。

退職金規程の変更に際して会社側は説明会を開催し、変更に対する個人からの同意書も得ていた。このため、1審・2審では労働者たちは同意書の内容を理解した上で署名押印しているとし、合意による基準変更の効力が生じているとして訴えを退けた。

これに対し最高裁は、昭和43年のシンガー・ソーイング・メシーン事件の最高裁判決を引用し、就業規則に定められた賃金や退職金の変更に関する労働者の同意の有無については、変更を受け入れる労働者の行為の有無だけでなく、①この変更によりもたらされる不利益の内容や程度、②同意に至った経緯と態様、③同意に先立つ情報提供や説明の内容などに照らして、同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきであるとした。その結果、東京高裁の同意書へ署名押印しただけで合意が成立したとする判断は誤りであり、①~③について十分な審理を行うため高裁へ差し戻した。

この事件では金融機関同士の合併に伴い退職金規程の見直しが行われたもので、説明会を開き、変更に対する同意書も得ており、順当な手続きを踏んでいると思われたが、最高裁は退職金がゼロとなる可能性が高くなることや、同意書案と変更された規定の支給基準の相違といった労働者の具体的な不利益の内容や程度についても情報提供や説明が必要であると指摘している。

今後、働き方の見直しが進めば、労働条件を変更するケースが増えることが予想される。会社は労働者から同意を得る際は、これまで以上に慎重な姿勢で臨む必要がありそうだ。


2017/5/24






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