基礎からわかる組織開発
経営陣や人事担当者は、社員が成長すれば会社も成長し、収益向上に繋がるだろうという前提の下で、人材の育成に力を入れている。だが最近は人が育つことと、会社が良くなり収益につながることは、別の話なのではないかという問題意識が浮上している。良質な作物を収穫し収益を上げるには、品種改良や栽培に力を入れるだけでなく、土壌の改良も必要なのではないかという訳だ。
この土壌を良くしようとする試みが組織開発だ。「開発」とは英語の「デベロップメント」を翻訳したものだが、発達や発展、成長といったニュアンスが込められている。個人に能力開発が求められるように、会社に求められるのが組織開発ということになる。
組織開発の定義には様々な説や考え方がある。わかりやすいものとしては、①職場や組織のメンバーの意識や意欲、相互の関係性・協調関係を良好なものにする理論と実践の体系、②仕事を進めていく際にメンバー間に生じるコミュニケーションや意思決定の仕方といったプロセス、相互に与えている影響、課題や目標に向かう気分や感情などに働きかける事により、組織の効率性や健全性を高める実践、③組織の健全さ、効率性、自己革新力を高めるために組織を理解し、これを発展、変革していくための計画的で全員参加による協働的な過程、などがある。
いずれも、一部のリーダーやプロジェクトチームが組織を変えるのではなく、組織のメンバーが自発的に自らの組織を良くしていくことや、そのための支援といった捉え方をしており、組織が自らの力で変わることを目指すための試みと言える。そのため組織開発では、社員全員にいかにして当事者意識(オーナーシップ)、つまり会社を変えるのは自分たちであるという意識を持ってもらえるか否かが重要になる。
これまで会社が行ってきた社員教育や人材育成は、社員の能力を1から1.2に高め、メンバーが10人いれば12の力にしようとする試みと言える。一方、組織開発はこれを15にすることを目指そうとする。チームの力がメンバー各自の力の総和になっていないことは多くの人が実感しているし、逆に時と場合によっては、メンバー全員の力以上の力がチームで発揮されることもある。この「時と場合」を恒常的に生じるようにするための取り組みが組織開発と言える。
日本における組織開発の歴史
かつて日本では1960年代から70年代にかけて組織開発がブームになったことがある。アメリカで研究され実践されていた手法が持ち込まれ、「職場ぐるみ訓練」「ファミリー・トレーニング」などが展開された。現場の問題を全員で話し合うことで共有し、改善・解決に向けた計画、アクションプランを立てる。
そして各自が計画を実行してみて、上手くいかなかった点はさらに改善を図るための話し合いを継続する。いわゆるPDCAサイクル(PLAN・DO・CHECK・ACTION)を自主的・自発的に回すもので、これが製造現場での「QCサークル」や「ZD運動」に引き継がれていく。
しかし、この組織開発のブームは1980年代に入ると、不動産バブルによる好景気の波に押し流され、いつしか職場から消え去ってしまった。企業は総じて職場単位で行う地道な改善策よりも、濡れ手に粟の一攫千金に血眼になった。そして90年代に入り不動産バブルが崩壊すると、企業は自らの生き残りに必死になり、それがようやく一段落を迎えた今、再び組織開発の必要性が認識されつつある。「組織開発」という用語は用いられなくても、組織の活性化や組織体質・組織風土の見直しの必要性が叫ばれている。
組織開発が注目されるのは、今の日本の会社には人的な繋がり、ネットワーク、絆が薄れつつあるからだ。終身雇用制度の崩壊や、組織のスリム化・フラット化、非正規社員の増加、プロジェクトチームによる職務遂行、情報通信技術の進歩による仕事の個別化・個業化などにより、会社内の相互信頼感や規範意識、支え合いといった社会関係資本が毀損されている。メンタル不調やパワハラによる休職者の増加の背後にも、社会関係資本が脆弱になっていることが少なからず関係している。組織開発には、この社会関係資本の厚みを増すという役割が期待されている。
組織開発の具体的な進め方
組織開発の進め方としては、大きく分けて「診断型」と「対話型」がある。「診断型」は、最初に社員のニーズや問題意識を確認し、その後、インタビューや観察、アセスメント(組織診断)などにより組織内のプロセスに関するデータを収集する。これらを分析し、結果を部署や部門の全員にフィードバックする。メンバーは診断結果を基に話し合いを行い、行動計画(アクションプラン)を作成する。そして、行動計画を実行に移し、その後、評価を行う。
一方「対話型」はデータ収集と分析がなく、代わりにメンバー全員が対話を行うことで、組織の問題点を浮かび上がらせる。その後は「診断型」と同じで、全員が話し合い、行動計画の作成→実行→評価と進む。スクリーンに映った影絵の正体を特定する際に、スクリーンの後ろに回って正体を調べるのが「診断型」で、話合うことで影絵が何かを探るのが「対話型」と言える。
組織開発で重要になるのは、メンバー全員の話し合いだ。対話の技法として、「ワールドカフェ」や「オープンスペース・テクノロジー」「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」などがあるが、そうしたテクニックよりも、話し合い・対話についての理解、考え方が大切だ。
組織開発での対話は議論とは異なるし、意見を交わしたり、相手を説得したり、合意を得ることでもない。対話の原語である「ダイアログ」は、ギリシャ語の「ディア・ロゴス」に由来しており、これは意味が妨げられることなく自由に流れると訳される。自分が語る時は、主張するのではなく、対等の立場に立って思ったことや感じたことをありのままに話すようにする。これは一見単純に見えて、実はハードルが高い。大半の人は、上司もいる職場のメンバー全員の前で、自分の思ったことをありのままに話すことに警戒したり躊躇する。
このハードルをクリアするには、話を聴く側に立った場合、相手の話を判断するのではなく、無心で受け入れ、容認することが求められる。私たちは知らず知らずのうちに相手の話を聞きながら、自分の考えとの一致度や距離感、立場や役割などから何らかの判断を行い、往々にして自分の考えに固執する。これらを払拭しないと、話す側は安心することができず、思ったことをありのままに話せない。
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対話が重要な意味を持つ
組織開発の対話の仕組みを説明するのがジョハリの窓というモデルだ。縦軸と横軸に「自分」と「他人」を配し、それぞれを「知っている」と「知らない」に分けることで4つの「窓」が出来る。
自分も他人も知っているという「開放の窓」の大きさは、対話により相手の主張を受け入れることで「盲点の窓」の方向へ向かって広がる。そして自分がありのままに話すという自己開示が進むことで、「開放の窓」は「秘密の窓」に向かって広がり、私が知っているが、相手は知らないという「隠された自己」が小さくなる。
組織開発の対話とは、メンバー全員が自分の「開放の窓」を広げることで、理解や認識の共有化を進め、組織の問題や課題、解決に向けた方策などを対話による合意により進めていこうとする。そして最後には、自分も周囲のメンバーも気がつかなかった「未知の窓」の存在に気が付くことができれば成功と言える。
こうした話し合いは、数回やっただけで成果が見込めるものではなく、時間と継続を必要とする。そのため経営陣の理解や支援、話し合いのための時間を捻出するため労働生産性を上げることが求められる。組織開発を定着させるという点からも、「働き方改革」が求められそうだ。
2017/6/30
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