人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

採用業務で法律違反にならないために



ここ数年、企業の採用意欲が旺盛なため、転職する人は増加傾向にある。また新卒学生の採用も売手市場になり、経営者や人事総務の担当者はこれまで以上に採用業務に関わる機会が増えている。そこで今回は採用にまつわる法律上の注意点を整理、確認してみよう。

労働者を募集する際は、職業安定法が労働者保護のための規制を設けている。募集に際しての広告や文書、ウェブサイトの表現は平易な表現を用いるなど的確な表現にするように努め、業務内容、契約期間、就業場所、労働時間、賃金、労働保険・社会保険の適用といった基本的な事項は書面により明示することが義務づけられている。書面の代わりに電子メールを用いることができるのは応募者側が希望した場合という条件が課されている。厚生労働省の発表によると、平成28年度にハローワークにおいて求人票の内容と実際の労働条件に相違があったのは9299件で、この内、求人票の内容が実際と違うというものが最も多く、39%を占めている。

募集を行う際に、社員以外の会社や個人に募集行為をさせる場合は、職業安定法の第36条の委託募集にあたり、報酬を払うには厚生労働大臣の許可が必要になる。報酬を払わない場合でも届出が必要になる。また労働基準法は第6条で、有料の職業紹介や労働者派遣のように法律で許される場合の他は、業として他人の就業に介入して利益を得てはならないとしている。このため現役社員からの紹介による採用を奨励するため、多額の報奨金を反復継続して払っているといったケースでは、運用次第で法律に抵触する恐れがある。






契約の自由とその制限


募集に応じた労働者を採用する際は、民法の契約自由の原則が適用される。これは①契約内容の自由、②契約締結の自由、③相手方選択の自由、④契約方式の自由のことで、この内、①の契約内容である労働条件は労働関係の法律による制限を受ける。

採用における契約の自由を象徴する裁判例としては、昭和48年の三菱樹脂事件の最高裁判決がある。これは新卒採用された社員が試用期間中に本採用を拒否され、解雇された事件だ。採用にあたってこの社員は在学中に学生運動に従事したことがありながら、身上書でこの事実を伏せ、面接においても学生運動に関わったことはないという虚偽の回答をしていた。

最高裁は、企業者は経済活動の一環として契約締結の自由を有し、いかなる者を、いかなる条件で雇い入れるかについて、法律などによる特別の制限がない限り、自由に決定することができるとし、特定の思想・信条を有する者の雇い入れを拒んでも違法とすることはできないとした。

この最高裁判決が示すように、どのような応募者を採用するかについて会社には大きな裁量があるが、募集や応募について均等な機会を制限することは禁止されている。「男女機会均等法」では、第5条で労働者の募集および採用について、性別に関わりなく均等な機会を与えなければならないとされている。また「障害者雇用促進法」は第34条で労働者の募集および採用について、障害者に対して障害者でない者と均等な機会を与えなければならないと定めている。

そして雇用対策法の第10条では、年齢による差別を禁止しており、労働者の募集および採用については年齢に関わりなく均等な機会を与えなければならないとされている。ただし、この条項については施行規則により例外が認められており、実際には長期の勤続によるキャリア形成を図るという観点から、年齢による応募条件が設けられているケースが多い。



【参考リンク】 厚生労働省 公正な採用選考について
 H30年版の「事業主向けガイドブック」と「採用選考自主点検資料」が公開されています。


個人情報の取り扱いに関する定め


採用の判断に際し、日本の会社は職務経験が全くない新卒学生を一括採用することからもわかるように、職業上の経験やスキルよりも、人物評価や人となりを重視することが多い。このため採用にあたっては、応募者の思想・信条や経歴といった個人情報に関心が向きがちになる。そこで個人情報の取扱いが焦点になる。

職業安定法は第5条の4で、個人情報の収集・保管・使用については、本人の同意がある場合や正当な事由がある場合を除き、業務の目的の達成に必要な範囲内で行わなければならないと規定している。そしてこれを受けた労働省告示141号という指針では、人種や民族、社会的身分、門地、本籍、出生地、その他社会的差別の原因となる恐れのある事項や、思想・信条、労働組合への加入状況に関する個人情報を収集することが禁止されている。

ただし職業上の必要があり、業務の目的を達成するために必要不可欠で、収集の目的を示して本人から直接収集する場合と、本人の同意を得た上で本人以外の者から収集することは認められている。また改正された個人情報保護法の第2条3項では、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実などを「要配慮個人情報」と規定し、原則として本人の同意を得ないで取得することを禁止している。

採用では応募者の健康状態について情報を収集することになるが、病歴はこの「要配慮個人情報」になるため、取得目的を告げ、本人からの同意を得て取得する必要がある。またHIVやB型肝炎ウイルスの感染については、通達や指針(※)で、特別の必要性がない限り取得すべきでないとされている。

※「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(H7.2.20.基発75号、職発97号、改正H22.4.30.基発0430第2号、第7号)、「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(H27.11.30.基発1130第2号)

採用判断のために健康診断を行うことは、業務上の必要がある、あるいは能力、適性を判断する上で必要があることを前提に行うことは認められるが、身長や体重、胸囲といった情報がこれらに該当するかは疑わしいと思われるため、慎重に行う必要がある。



過去の経歴を調べる際の注意点


過去の経歴としては学歴、職歴、犯罪歴などがある。時折、履歴書を基に応募者が以前に勤めていた会社に連絡をして、勤務状況や退職の事情などを問い合わせることが見受けられる。個人情報保護法は、会社は従業員の雇用管理情報を、本人の同意を得ないまま第三者に提供することを禁止している。このため応募者の前職調査を行うためには、応募者から同意を得るだけでなく、応募者を通じて以前勤めていた会社に自分の個人情報を開示することを求める通知をしてもらう必要がある。

しかし実際にトラブルにより退職した場合などでは、退職に際し口外禁止条項の入った合意書などを交わしているケースもあるため、実際の情報収集は困難と思われる。また犯罪歴についても「要配慮個人情報」に当たるため、健康に関する情報と同じ扱いが求められる。

経歴を詐称をして入社した場合、解雇になる可能性があるが、あくまで本当の経歴がわかっていれば採用を見合わせたであろうと思われる詐称の場合に限られる。そして普通解雇ではなく、懲戒解雇にする場合には、経歴の詐称による損害を受けたという事実が求められる。損害は能力や経験・技術不足などにより職務遂行上期待される成果が得られなかった場合に限らず、会社の人事労務管理の特性から、企業秩序を侵害したことによる損害もあり得る。

採用にあたり応募者の側には、適切な手順・手法により、必要かつ合理的な範囲で申告を求められた場合は、「真実告知義務」があるとされ(炭研精工事件 最高裁 H3年9月19日)、これを怠った場合は、会社側の採用における人選の誤りという帰責性が減じられ、解雇のハードルが下がることになる。しかし、申告を求められていない事柄についてまで積極的に告知するという法的な義務があるとまではされていない。


2018/1/29






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