人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

労働生産性を向上させる決め手とは



「働き方改革」の関連法が成立した当初、注目されたのは主に長時間労働の抑制だった。だが、ここに来て焦点は生産性の向上に移りつつある。日本の 労働生産性 は他の先進諸国に比べ見劣りすることは、各種の調査結果から明らかになっている。そして労働生産性が向上しないことが、賃金が上昇しない主な原因と言われている。




日本生産性本部調査、「労働生産性の国際比較」より


日本の労働生産性が低いことを象徴するようなエピソードを2つ、ご紹介しよう。ある部品メーカーの業界団体がドイツの同業他社に視察に行った。そこで日本側が「我々は発注元からの値下げ要求で利益が出ないのに、おたくたち(=ドイツのメーカー)はどうしてこんなに儲かるのか」と質問した。するとドイツのメーカーの責任者たちは、我々も発注元からの値下げ要求はあるが、利益が見込めない仕事は受けないという答えだった。そして逆にこう聞かれた。「どうしてあなたたちは採算が合わないのに注文を受けるのか」

日本の経営者の多くは普段、意識することがないが、日本の会社の労働者のレベルは極めて高い。そのため少々の無理難題は創意工夫で何とかしてしまう現場力を備えている。それが仇になり、過度な値下げ要求にも無理をして応えようとする。一方、諸外国では現場作業を担う労働者のレベルが低いため、現場に過度な要求をしても対応する力がない。そのため経営陣やマネージャー層は客からの無理な要求に応えるのではなく、逆に利益が出る価格で売るにはどうするかに知恵を絞る。

もう一つのエピソードは訪日外国人観光客がデパートでお土産を買った時の出来事だ。販売員が品物の包装を始めると、外国人は「ノー、ノー」と言ってくる。「ラッピングは頼んでいない」という訳だ。日本ではデパートで買った品は包装されるのが当たり前だが、諸外国ではラッピングは別サービスで費用が掛かるのが当たり前だ。

日本の非製造業で生産性が低いのは、「おもてなし」に象徴されるようなサービスは無料が当たり前で、サービスを奉仕と捉える文化がある。そのため特に非製造業・サービス業では、労使ともに販売価格や客単価を上げることで労働生産性を向上させようとする意識が希薄と言える。







高い品質の商品を良心的な価格で提供するという発想や意識は、高度経済成長時代のように人口が増え続け、マーケーットが拡大を続けていた頃には理にかなっていた。だが、すでに国内市場は人口減少により縮小に向かい、今後も長期に渡って縮小し続けることが確実な情勢だ。そのためかつてのように「いいモノをどんどん安く」という大量生産・大量販売の手法は海外に進出しない限り、成り立たなくなっている。

中小企業や非製造業・サービス業は海外展開のハードルが高いため、労働生産性を向上させるにはコストダウンで数を売る、あるいは無料のおもてなしで顧客満足やサービス向上を目指すのではなく、客単価、販売価格を見直す方針に転換するしかない。


販売価格・客単価の見直しへ


付加価値総額(粗利益と考えてもよい)の大半は、販売価格から仕入れ・原材料費を引いて、販売数量や客数を掛けて決まる。これまで手法はコストダウンによって仕入・原材料費を下げ、非正規労働者を増やし人件費・労務費を抑え、数を売ることで付加価値の総額を上げようとする。だが、このやり方では市場規模が縮小する中では数が出ず、どうしても長時間労働に陥る。「働き方改革」による残業規制の強化や最低賃金の上昇も数で稼ぐことを難しくする。

そのため付加価値の総額を増やして労働生産性を向上させるには売価を見直す以外に手立てがない。具体的にはこれまでコストダウンに注いでいた経営資源(ヒト・モノ・カネ)を、販売価格の引き上げに繋がる マーケティング に振り向ける必要がある。

マーケティングとは一言で表現すれば、売り手と買い手が互いに満足して、モノやサービスを交換・売買する仕組みを考えて実行することだ。つまり顧客や発注元の困りごとや悩み、不満を見つけて、それを解決することに他ならない。

顧客、あるいは市場のニーズを満たすことが他社との差別化になり、顧客も高いカネを払っても購入したり利用したいと思うようになり、販売価格のアップに繋がる。逆に言えば販売価格が上げられない会社は、顧客が満足する、利用したいと思えるモノやサービスを提供できていないことになる。





欠かせない社員教育


販売単価の引き上げに方向転換する際は、顧客のニーズや潜在的な要望、解決のされていない問題への不満などを把握する必要がある。そのため現場で顧客に接している社員たちの協力が欠かせない。時にはプロジェクトチームを組成したり、社内の正式な部署として定期的な活動にするのも効果的だ。

この時、壁になるのが現場の社員たちの意識だ。それまでコストダウンや無料のおもてなしが常識とされていた価値観から、高く売る・高く売れるにはどうするかという発想への転換は簡単な話ではない。人によっては、お客様に高い商品やサービスを売りつけることになってしまい、罪悪感や嫌悪感を覚えるという人もいる。また会社や経営者がカネ儲け優先になったと思い込み、嫌気が差して退職してしまう者が出てくる恐れもある。

そのため経営方針の転換に当たっては社員教育が欠かせない。経営陣や管理職は高い商品・サービスを提供することは顧客のためになり、世の中に役立つ行為であり、ひいては給料アップにもつながるという話を懇切丁寧に何度も何度も繰り返し訴え続ける根気が必要になる。

経営方針の転換に際しての管理職階層への教育テーマとしては 利益感度分析 がある。これは、①価格、②販売数量・客数(以下単に数量とする)、③仕入れ・原材料費(以下単に仕入とする)、④固定費の4つのうち、利益に最も敏感に反応するのはどれかを明らかにする分析手法だ。

例えば商品を1個60円で仕入れて、100円で売っているケースで計算してみる。販売数量は月に10個で、固定費(1円も売れなくてもかかる経費)は300円とする。この会社の月の利益は、売上が100円×10個で1000円、そこから仕入の60円×10個=600円と固定費の300円を払うから、最終の利益は1000円 - 600円 - 300円 = 100円 と想定する。

「利益感度分析」では、価格、数量、仕入、固定費のそれぞれが、どのくらい変われば利益がゼロになるかを計算する。このケースでは価格は10%下がり90円になると利益がゼロになる。売上は90円×10個=900円になり、仕入600円と固定費300円の合計も900円になる。

一方、仕入は1個が70円になると利益がなくなる。売上は1000円のままで、仕入が70円×10個=700円になり、固定費が300円かかって利益がゼロになる。つまり仕入れは60円から70円へ約17%上がると利益がゼロになる。

価格は10%の変化という敏感さで利益がゼロになるのに対し、仕入は17%の変化まで耐えられる。同様に計算すると、数量は25%ダウンし、7.5個になると利益がなくなり、固定費は33.3%アップの400円で利益がゼロになる。利益に最も敏感に反応するのは「%」が最も低い要素で、このケースでは販売価格になる。

多くの会社でこの「利益感度分析」をすると、販売価格の「%」が最も低くなり、利益に一番響く要素であることがわかる。生産性を向上させるために最優先で取り組む課題が、販売価格や客単価の見直しであることが数字の面でも明らかになれば、管理職クラスの意識改革にも繋がりやすい。


2020/06/28





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