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ドン・キホーテのサクセス・ストーリー


「地獄に仏」という言い回しがある。追い込まれ八方塞がりの状況で、思わぬ救いの手が差し伸べられる。ただし、仏に出会うためには地獄に落ちないといけない。そんな地獄で仏に出会い続けた経営者人生を送ったのがドン・キホーテの創業者、安田隆夫 氏だ。安田氏が自らが筆をとった本から、その素顔とドン・キホーテの誕生から成長への歩みをご紹介しよう



安田隆夫 氏


安田氏がドン・キホーテの前身である「泥棒市場」という安売り店を始めたのは20代も終盤に差し掛かった頃だ。父親のような安定した仕事には魅力を感じず、東京に出るため一念発起し、猛勉強で慶応大学に合格はしたものの、そこで出会ったのは毛並みのいい学生ばかりだった。

安田氏はサラリーマンになれば自分はこうした連中には絶対勝てない、だから会社員にはなるまいという決意を固める。安田氏は自らについて、人一倍妬み深く、我欲と不満が強くて、ハングリー度が高い人間であると語る。コンプレックスから来る偏執狂的とも言える嫉妬心が、強い上昇志向や内圧の高さに繋がっていると述べている。

大学卒業後に就職した会社は数年で倒産、その後は麻雀で生計を立てる。セミプロのような相手と真剣勝負を重ねることで、相手の心を読む感性やツキのない時は無理をせず「見」(けん)を決め込む重要性を会得する。すさんだ生活体験が後の成功要因になるから、世の中、何が幸いするかわからない。


名物の圧縮陳列はこうして生まれた


「泥棒市場」はスタートから多難続きだった。仕入れ先の現金問屋は素人同然の若造に儲かる商品を回してくれるはずもなく、何度も騙され、煮え湯を飲まされる。そこで安田氏はどうするかを必死で考える。カネも信用もない自分がまともな仕入れをやって勝てるわけがない。そこで大手のメーカーや問屋の裏口に日参し、廃棄商品や処分品を格安で手に入れる道を付けた。

だが、独自の仕入商品はすぐに売れてしまうものの補充はきかず、今度は死に筋ばかりが在庫になる悪循環に陥る。店は商品で溢れ返り、やむなく棚に無理矢理、商品を押し込み、積み上げた段ボールに小窓を開け、手書きのPOPを貼り付けた。ドン・キホーテの名物「圧縮陳列」と「POP洪水」の始まりだった。

人を雇う余裕もなく、仕入れから品出し、販売まで店の切り盛りは自分一人でこなす日々が続く。夜遅くまで店先で値札付け作業をしていると、ポツリポツリと客がやって来る。一杯飲んだ帰りの会社員や時間を持て余した若者たちだ。彼らはジャングルのような店内をうろつき、面白がってあれこれと買ってゆく。

ここで安田氏は深夜の時間帯というマーケットを見つけた。当時はまだセブン・イレブンが11時までしか営業していなかった頃で、深夜にモノを買える店がなかった。安田氏は「泥棒市場」の営業時間を深夜の12時までに延長した。苦しい状態であったからこそ、その後のドン・キホーテを支える「スポット商品」「ナイト・マーケット」という仏に出会えた。





「はらわた」で活路を見出す


そして数年後に「ドン・キホーテ」と命名した大型店をオープンさせる。だが、ここでも崖っぷちに立たされる。店が大きくなり人を雇うものの、社員は安田氏の目指す「泥棒市場」のような「見にくく、取りにくく、買いにくい」常識はずれの店作りが理解できず、他店と似たり寄ったりの店になってしまう。圧縮陳列のやり方も何度、教えてもできず、単に雑多な商品の山積みにしかならなかった。

ほとほと困り果てた安田氏は教えるのをあきらめ、すべてを社員に任せることにした。仕入れのための通帳も渡し、何を、どこで、いくらで仕入れ、どうやって売るかも全部売り場の担当者に任せることにした。あきれるような失敗もあったが、ひたすら我慢を続けるしか打つ手がなかった。

しばらくすると社員たちの動きが変わって来る。自分で仕入れた商品が店に山積みになってくると、必死に販売のための工夫をする。あれほど出来なかった圧縮陳列も何とかサマになってくるし、言われなくても自分で考えたPOPを書くようになった。

安田氏は苦労の末、ドン・キホーテの成功要因となる「権限移譲」と「個人商店主システム」という仏に出会った。社員は自ら考え行動する体験環境を用意してやれば、教えなくてもひとりでに育つという人材開発の決め手も手に入れた。

安田氏は苦しみ抜いた中から、自分で活路を開く力を「はらわた」と表現している。もがき苦しみ、紆余曲折しながら、最後に這い上がろうとする一念だ。「はらわた」の核になるのは、何が何でもこうありたいという自己実現の強烈な思いと執念、ひたむきさだ。




手書きのPOPから生まれた公式キャラクター


経営や人生で大切な事とは


ドン・キホーテの成功は権限委譲を前提にした「アンチ・チェーンストア主義」にある。世間の常識やもっともらしい話を鵜呑みにしない「逆張り」の経営手法だ。安田氏によれば、賢い人間は理路整然と経営を行い、理路整然と間違える。もっともらしい話や方法を正しく信じた結果、正しく潰れる。経営者にとって大切なのは知識ではなく、しがらみのない発想から生まれる「知恵」だ。

安田氏はビジネスという勝負は得点差を競うのではなく、点の総量を競うゲームだと語る。だから、小さなたくさんの失敗と数少ない成功があればよい。ダメなのは小さな失敗にくじけたり、負けを取り返そうと躍起になることだ。

そうではなく、ツキのない時は「見」(けん)を決めて動かず、大きな成功を手にできる番が来た時にしっかり収穫できるようにする。得られるはずの果実を手に出来なかったことを地団駄を踏んで悔しがるような勝ちに敏感で貪欲な人がビジネスでは大成する。

個人でも「運」の総量はみんな同じだが、運を使い切れる人と使い切れない人がいる。運を使い切れる人とは、ピンチの後に必ず巡ってくるチャンスに一気呵成にその運を増幅させる人だ。不運を最小化するには、幸運の最大化によってのみ可能になる。

経営も人生も、双六のようなゲームなのかもしれない。前に進む時もあれば、休む時もある。時には振り出しに戻ることもある。前に進める出目だけを願うのではなく、休んだりスタートに戻った後にやって来るチャンスに大きく前に進めるようにすることなのかもしれない。

安田氏は2015年、ドン・キホーテの経営から退き、残りの人生はこれまでのような「仕事の達人」ではなく、「人生の達人」を目指す生活を送るつもりだった。ところが、2019年に海外展開を加速させる指揮を取るため突如として現場に復帰した。「人生の達人」になる夢はしばし、お預けになりそうである。




「安売り王一代」~私の「ドン・キホーテ」人生
安田隆夫・著 文春新書 税込・935円


2023/06/17



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