エンゲージメントによる人と組織の活性化策
多様な雇用形態やリモートワークの普及、副業の解禁などによりコミュニケーションの質・量が低下している。その結果、社員同士の横のつながりや、会社と社員の結びつきが希薄になり、組織の活力が下がりつつある。こうした動向を背景に
エンゲージメント が注目されている。
「エンゲージメント」を働きがいと捉える向きもあるが、登場したのが1990年代と日が浅いこともあり、定義は定まっていない。日本におけるエンゲージメント研究の第一人者とされる慶応義塾大学総合政策学部の島津明人教授によれば、エンゲージメントは「従業員エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」に大別される。
「従業員エンゲージメント」は会社と社員が信頼して貢献し合う状態を指し、職場へのコミットメント(関わり度合い)や愛社精神となって現れる。一方、「ワークエンゲージメント」は社員が主体的に仕事に関わっていると感じる度合いで、「活力」「熱意」「没頭」という3つの要素で構成される。この定義は令和元年の「労働経済白書」(第Ⅱ部・第3章、P170~)の中でも取り上げられている。
エンゲージメントに関わる5つの要素
一方、ネブラスカ大学の組織社会心理学博士のスティーブ・バッコルツ氏(Steve Buchholz)は、エンゲージメントについて、①従業員が変化をどのように捉えるかと、②その変化に対してどれくらいのエネルーギーを発揮するかで決まるとしている。
変化に対しての受け止め方は肯定的・否定的・中立の3段階に区分され、発揮されるエネルギーを「自由裁量のエネルギー」と表現している。つまり社員が組織や仕事を取り巻く環境の変化を肯定的に受け止め、その変化に対して自分の持つエネルギーを最大限に発揮している状態が高いエンゲージメントということになる。
そしてバッコルツ氏は、この「エンゲージメント」に影響を与える要素として以下の5つを挙げている。
- 組織と自分の未来の可能性について明るい展望を見い出せているか
- 当事者としての自らの責任を持てているか
- 社員同士が価値観を共有し、協働できているか
- オープンなコミュニケーションにより会社と社員の間に信頼感が醸成されているか
- 組織内に自らの居場所があり、自分には存在価値があると思えるか
これら5つの要素に影響を及ぼすのは人事制度のような仕組みではなく、経営陣や管理職階層の人間性や「人となり」による。組織内でリーダーシップを担う人は地位や権威、権力に依存したリーダーシップではなく、価値観、信条、ビジョン、哲学に基づくリーダーシップを発揮し、5つの要素に影響を与えエンゲージメントを向上させることができる。
次のセクションでは、バッコルツ氏の唱える5つの要素について詳しく見ていく。
エンゲージメントを高める具体的な方法
1.未来の可能性
エンゲージメントの向上のためには、社員が今は厳しくても、将来には明るい未来があると思えるようにする。経営陣は組織の今の現実に関連した諸問題を社員と共有し、将来に希望を感じられる未来をどのように創造するかが問われる。
いたずらに危機感だけを煽るのではなく、「現実的な楽観主義」に基づいて将来展望を訴求する。ただし社員から見て、経営陣が示す計画や戦略が効果的であり、実行可能で、必要なリソースも確保できると思えることが前提条件になる。
2.当事者責任
エンゲージメントは社員がベストを尽くすことが期待され、何に対して自分は責任を負っているのかがはっきりわかることで向上する。経営陣は組織の方向性をはっきりさせ、社員に対して役割、目標、行動を明確にする。これにより社員には当事者としての責任感が生まれる。
当事者責任には「業績目標」と「期待される行動」がある。ほとんどの会社では業績目標は示されているが、期待される行動までは明らかでないケースが多い。「期待される行動」には
①戦略、構想、目標といった「パフォーマンスに焦点を当てた行動」と、②創造性や言動の一致、安心・安全といった「組織の価値観に焦点を当てた行動」がある。
3.社員同士のつながり
社員は互いのつながりを欲し、人を支え・支えられることを期待し、協力して働き、責任を共有したいと望んでいる。だが組織が大きくなると拠点が増えて地理的な距離が広がり、職務ごとの機能分化が進み、組織の信条や価値観の共有した者よりも、即戦力や他社での実績を重視した中途採用者が増え、エンゲージメントが低下することがある。
組織の規模が拡大してもエンゲージメントを低下させないためのポイントには、次のようなものがある。
- 組織の壁を取り払ったり、風通しを良くして良好な人間関係を築く
- 相互利益が確保されるようにして、協働を大切にするマインドを醸成する
- チームでの取り組みを推進する
- 採用判定や採用後に信条や価値観を揃えることに力を注ぐ
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4.組織と個人の一体感
情報の流れが滞るとエンゲージメントは低下する。経営陣は情報をどのように集めるか、そして、それらを共有し理解されることに力を注がなければならない。
具体的には事業計画や重点課題が明らかにされ、社員から忌憚のない意見を受け入れる姿勢を示し、頻繁にフィードバックを提供する。チームでの活動を推進し、社員が組織の一員であると感じられるようにする。経営陣に対する信頼を築き、社員の考えや懸念に関心を示し、会社との一体感を高める行動を心がける。
一体感を損なう振舞いとしては、相手を批判的に決めつける、社員を見下したような態度を示す、固定観念や思い込みが強く、話を聴かない、受け入れない、無関心な態度で興味を示さない。
5.自らの存在感が感じられる
社員が自分の存在価値を感じるのは、会社や経営陣から重要な存在として見なされているとか、扱われていると感じる時だ。これはリーダーから向けられる関心の強さに左右される。関心は
(a)支援、(b)報酬、人材育成の各場面を通じて示される。
(a)支援としては、①重要な仕事を任せたり、貢献に対して承認するなどによって仕事へのモチベーションを引き出す、②仕事に必要なスキルや知識、情報を提供し能力開発を奨励する、③仕事を遂行する上で必要なノウハウや情報、予算などのリソースを提供する、④職務が円滑に進められるためのシステムやプロセスの改善に力を注ぐなどがある。
(b)報酬では、金銭的な報酬に加え、「自然報酬」と呼ばれる非金銭的な報酬があることも存在価値に通じる。自然報酬としては、①有意義なミッションや天職に携わっているという感覚、②柔軟な働き方やキャリアが選択でき、豊富なライフスタイルの選択肢がある、③社員同士の連帯感・一体感、的確に仕事を遂行しているという達成感、などがある。そして経営陣が社員の成長や育成、学びに関心を持っていると感じられることも存在価値に通じる。
【最後に】
これまで示した方法でエンゲージメントを高めても、仕事人生が長期化する以上、転職は増え、会社と個人のつながりが希薄になるのは避けられない。エンゲージメントを離職防止対策として捉えるのではなく、同じ舞台・ステージにいる一時期は最高の状態、パフォーマンスが発揮できるようにするための施策と捉えるのが適している。
2024/11/29
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