人事労務管理と人材マネジメントに関する情報発信

なぜ若手社員はすぐに辞めるのか


現在のマーケティングでは顧客や市場ごとに最適の施策を展開する「ターゲットマーケティング」が主流になっている。だが人事労務管理や人材育成の分野では、旧態依然たる「マスマーケティング」が今も幅を利かせている。顧客である社員を年齢や階層によって一律の取り扱いをしている。

この弊害の一つが若手社員の早期離職問題となって現れている。厚生労働省の調査では、入社後3年以内におよそ3割の新入社員が退職しており、この数字が改善する気配は伺えない。大企業では2009年に「3年で2割」にまで改善したものの、それ以降は上昇傾向が続いている。

この問題の背後には昨今の若者気質だけでなく、構造的な要因がある。そのため、これまでにない新しい認識と対策が求められている。

この構造的な要因とは、現在の日本企業が人材育成力を失っていることだ。そのため会社で成長実感や成功体験が得られなくなった若手社員たちは、自分の将来について不安を感じ、早々に見切りをつけ、活動の場を新天地に移そうとしている。将来の自分のキャリアを意識している若手ほど、労働条件が悪くなるのは承知の上で転職している。





人材育成力が失われた原因とは


日本企業が人材育成力を失った原因の一つが法律の制定と改正だ。2010年を境に職場の環境の改善を図るための各種の法律が制定・改正され続けている。

例えば、①若者雇用促進法による募集・採用や能力開発、雇用管理などの情報提供義務、②パワハラ防止法の制定、③時間外労働の上限規制、④有給休暇の取得義務、⑤育児介護休業法の拡充、⑥上場企業に対する人的資本の情報開示義務の新設などが挙げられる。

こうした法律の制定や改正により、職場環境は大きく改善した反面、職場では上司が職場環境の悪化による退職や休職、SNSによる炎上騒ぎなどを懸念して、部下に対して強く指導することをためらったり、負荷のかかる仕事を割り振ることを控える雰囲気が広がっている。

人材を育てるには「鍛える」という部分が必要だが、上司は世間や周囲の目が気になり、部下をお客さん扱いしてしまい、結果として人材を育成できない「ゆるい職場」が出来上がっている。

これに輪をかけているのがコロナ騒ぎで広がったリモートワークと副業解禁の影響だ。若手社員が会社で上司や同僚と共有する時間や機会が減り、結果として会社との一体感が減衰し、会社以外で生きがいを見出す動きが加速している。





入社前の社会的経験による違い


日本企業の人材育成力が低下したもう一つの原因として、入社してくる若手の社会的経験の有無による二層化も挙げられる。少なからぬ数の若者たちが学生時代に企業と関わり、仕事をした経験を有している。

彼らは、企業の新規事業のプロジェクトに関わる、長期のインターンシップで製品開発や技術開発に参加する、NPO法人の活動を通じて社会問題の解決に関わるといった経験を有している。こうしたリアルなビジネスの経験が仕事観の広がりに繋がっている。

こうした社会的経験のある若手は入社時点で携わりたい仕事についてのある程度の見通しや、キャリアについての志向性を有している。全国求人情報協会の調査によれば、入社時点での「仕事理解」(やりたい仕事がある・仕事上の目標とする人がいる)、「自己理解」(どんな仕事に興味や関心、適性があるのか理解している)、「キャリア積極性」(キャリアの責任は自分自身にある、キャリアを実現するため自分なりに努力している)という「初期キャリア獲得度指数」が高い若手は全体の約20%を占めている。

だが現在の日本企業の新入社員の扱いは、全員がやりたい仕事やキャリアについては白紙状態であるという前提で、一律の教育や研修をして、一人ひとりの意向を斟酌した配属をできずにいる。このため就職前に社会的経験を有し、自主的に行動するハイパフォーマーほど、期待ハズレやピントのズレを感じて退職してしまう。新入社員は全員同じという会社の思い込みが早期退職の引き金になっている。


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若手社員の早期離職を防ぐ対策


では、こうした構造的な背景要因がある中で、若手社員の早期の離職を防ぎ、定着・育成のために会社は何をどうすべきか?

一つは濃密な上司と部下という上下関係を通じての人材育成に期待が持てない以上、横の関係を通じての人材育成に転じる。上司が部下を育成するのではなく、同じ若手社員同士が共通の仕事や課題に取り組みながら、互いに学習し合う中で人材育成を図る。管理職や人事担当者は、彼らが携わる仕事によって特定の目的や課題を共有し、成果を可視化できるようにお膳立てをする。

もう一つの方法は自社以外の場での活動を通じて人材の育成を図る。社外での経験を社内に持ち帰らせたり、社内に還流させる仕組みを作る。JAXA(宇宙航空研究開発機構)では、研究者やエンジニアは企業や大学、研究機関に在籍したままJAXAに出向し、そこで仕事の経験を積み、成果を出向元に持ち帰るという「クロスアポイントメント制度」が取り入れられている。

自前主義で人材を育てるのではなく、外の世界を体験させ、そこでの成果だけでなく、自社とは異なる仕事のやり方という価値基準を持ち込むことを容認することで育成と定着を図る。日本では大企業ほど人材を囲い込み、外の世界に触れさせないようにする傾向が強い。過保護な親のような扱いが過度な温情主義となり、若手社員にとっては自社の束縛から逃れられない閉塞感に繋がっている。


社会的経験の乏しい若手の対策


企業の人材育成力が低下している影響は、労働者のキャリア形成力にも及ぶ。これまで自分の将来は会社に委ねていれば、ある程度の見通しを立てることができた。だが、これからは人生設計における自己判断や自己責任が問われる。

特に社会的な経験を経ずに入社した若手社員に必要なのは情報収集よりも行動だ。転職といった大きな行動ではなく、「小さな行動」=スモールステップを数多く試し、小さな目標をこなすことで自分のキャリアが見えてくる。

その際のポイントとして次の5つが挙げられる。

  1. 自分のやりたい事を周囲の人や仲間、SNS上で明らかにする。それを見聞きした人や会社から情報や提案(オファー)が舞い込む
  2. 背中を押してもらい、パワーをもらえるような人を身近に見つけておく
  3. 特定の目的意識をもって情報を探索する
  4. 考えるよりも試しにやってみる
  5. 体験を振り返り自分のものにする



ポジティブ心理学を研究しているバーバラ・フレディクソン(Barbara Fredrickson)は、ポジティブ感情による「ブロードンアンドビルド効果(broaden-and-build effect)」を説明している。それによればポジティブな感情は人の思考や行動を広げ、新しいリソースやスキルを構築することを促し、人間の成長や発展を支援する。

つまり人間は動機があって行動につながる時もあれば、行動することでポジティブな感情が生じ、それが動機を生むこともある。情報収集に比べ、行動はハードルが高くなるが、「案ずるより産むが易し」が道を開くことにつながる。


2025/10/23


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