誰でも会社員として一定の期間を過ごすと、仕事には好不調の波があることを実感するだろう。
仕事が好調な時は怖いもの知らずで、何事にも積極的になれ、身体中に自信が満ち溢れたような気持ちになる。心理学者、アルバート・バンデューラはこうした感覚を
自己効力感と名づけた。自己効力感が高まっている時はワーク・モチベーションも高揚している。
自己効力感には、@ある結果にたどり着くには自分はどんな行動を取ればよいかがわかると感じる「結果予期」と、Aそのための行動を自分は上手く成し遂げることができると感じる「効力予期」があるとされる。バンデューラは自己効力感を高めるために必要な要素の一つとして「言葉による説得」を挙げており、これは職場で言えば周囲からの励ましや指導、フィードバックなどが該当する。
バンデューラは自己効力感を高めるには「成功体験」も必要であるとしている。多くの成功体験を得ることで自己効力感は高まり、モチベーションは向上する。成功体験の多さは実際にその人がどれだけ成功したかという数ではなく、フィードバックによって自己効力感が高まることで創り出されるものと言える。
一方、「目標管理制度」(MBO)もワーク・モチベーションを高めるとされる。自らが高い目標を立て、それを確認できる具体的な数値や達成期限を定め、積極的に関与することにより社員のモチベーションは向上するとされ、多くの企業で目標管理制度が導入されている。この目標管理制度に理論的枠組みを提供したのが、エドウィン・ロックとゲイリー・レイサムが唱える
目標設定理論だ。この目標設定理論においても、フィードバックは重要な役割を果たすとされている。
なぜフィードバックが上手く出来ないのか
フィードバックの種類には、@人事考課や目標設定の際に行われる公式なものと、A日常のマネジメントにおいて指導や指揮、支援、評価、賞賛という形で行われる付随的なもの、そしてB仕事以外の場で交わされる何気ない会話や、他部署や顧客・取引先といった外部からもたらされる非公式なものがある。
公式なフィードバックが制度として導入されていなくても、付随的・非公式なフィードバックが活発に見られる会社もあるし、同じ会社でも上司や管理職によってフィードバックの多寡は異なる。このためフィードバックを行うことを制度化しても、フィードバックの質や量が担保されているとは限らない。
フィードバックはモチベーションを高めるためには重要であると理解していても、これを苦手とする経営者や管理職は多い。フィードバックが上手くいかないのは人間の認知機能にバイアス、歪みが生じるためだ。
人間を相手にしたフィードバックは物理の実験やコンピュータ・プログラムのフィードバックと違い、相手の行動を観察することによって行われる。このため、認知者(=上司・管理職)の主観が関与する。そして認知される側(=部下)の態度や性格、印象なども影響を与える。さらに人の行動はそれが生じた背景や前後の脈絡からも解釈されるため、ここでもバイアスが生じる。
認知のバイアスは人の行動を判断する際、その原因を相手の意思や能力、性格といった内的な属性に求めるのか、それとも環境や状況といった外的な要因に求めるのかという
帰属理論に見ることができる。主な帰属の誤りとしては次の3つがある。
一つは行為者の内的な属性を過大評価し、周囲の状況を軽視してしまうもので、「根本的な帰属のエラー」とよばれる。たとえば、いつも仕事のツメが甘く、うっかりしたミスをする部下に何か問題が起きると、上司は原因や背景をよく調べないまま、「きっとまた確認を怠ったのだろう」と判断してしまう。
「行為者・観察者バイアス」と称される誤りは、他人の行動はその内的な属性に帰属させ、自分の行動は外的な要因に帰属させる過ちのことだ。営業部門の受注案件で部下がコンペで敗れると、その原因を部下の情報収集不足にあると判断する。そして、自らが担当する顧客で同じようなことが起きると、原因を他社の採算度外視の価格提案といった外的な要素に帰属させてしまう。さらに「自己奉仕バイアス」というのもある。これは良い出来事については自分の内的な属性に帰属させ、逆に悪い出来事については外的な状況や環境に原因を帰属させるという誤りのことだ。
こうしたエラーやバイアスは人間の脳の効率的な情報処理のために生じる一種の副産物のようなものなので、視覚の錯覚と同じように避けることができない。しかし、少なくとも誰にでもフィードバックにはこうしたバイアスが生じることを理解しておくだけでもプラスになるだろう。
充実したフィードバックを実現するために
こうしたバイアスを踏まえ実りあるフィードバックを行うためには、まず機会の充実や時間の確保が求められる。公式なフィードバックは仕組みを導入すれば済むが、付随的、非公式なフィードバックを多方面から自然発生的に起こすためには環境整備や仕掛けが必要になる。
また、フィードバックに対する考え方にも見直しを要する。フィードバックが乏しい会社では社員が相当高い目標を達成した時だけ、賞賛というフィードバックがある。通常レベルの目標が達成された時や失敗の際にはフィードバックがない。これに対しフィードバックが多い企業では標準的な難易度の課題でも達成できればフィードバックが行われている。また目標や課題が達成できなくても、失敗の原因はどこにあったのか、今後にどのように活かすべきか、プロセスにおける見るべき点には評価をする、といったフィードバックが行われている。
フィードバックの充実は観察なしにはありえない。だが、四六時中社員や部下の行動を観察しているわけにはいかない。そのため、必要になってくるのが相手の話に積極的に耳を傾ける
傾聴(アクティブ・リスニング)だ。傾聴から質問し、対話を重ねていくことで観察による情報量の不足を補うことができる。
そして、こうしたフィードバックにより社員や部下は、普段、自らの意識として認識することはないが意識下に確かに存在し、判断や行動の拠り所となっているものと向かい合うことができる。これらの一つがモチベーションであり、自らのモチベーションは他者からのフィードバックにより気づかされるものと言えるだろう。
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部下を成長させるコユニケーションの技法
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