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人材育成の学習モデルと学習理論HEADLINE

人材育成には社員教育が含まれることから、学校教育論と同様、多くの説が語られ、関連情報がウェブサイトに溢れています。研究成果と論者の独自の見解が混在しており、何がどこまで正しいのかという見極めが難しくなっています。

このページでは、企業が社員教育や研修を進める際に押さえておきたい 学習モデル学習理論 を紹介しています。また理論やモデルを活かして、人材育成を推進している会社の事例も取り上げています。



社員教育に関する学習モデル

今も昔も企業にとって人材育成は重要な経営課題です。しかし、上手くいかないという声もよく耳にします。また、人材育成は無い無い尽くしにも直面します。時間や予算がない、人を育てる人がいない、ノウハウがない、現場の理解がない、効果が測定できない、などなど・・・

その結果、定番の研修をなんとなく毎年繰り返す、難民のように新しい研修や講師を探してさまよう、問題があった時にだけ対処療法的に研修を行う、といった事態を招いています。

一方で、人は自分で育つもので、会社は人を育てられない、と公言してはばからない著名な経営者もいます。人材育成は混沌とした状態が続いています。

こうした事態になる原因の一つは、教育と学習は別物であることが理解されていないためです。学習とは個人や組織の行動や考え方が変化するプロセスであり、教育はこの学習プロセスを支援する活動のことです。

この関係を説明するのが 学習移転モデル (Learning Transfer Model)です。教育で得た知識やスキルを実務、現場へ移転するのを説明したもので、学習は次の4つのステップで構成されるとします。

研究者が知識を「創造する」

講師がそれを「伝達する」

学習者がそれを「修得する」

学習者が修得した知識を現場で「応用する」


このモデルが現実に適用される際の最大の難所が、最後の知識を現場で応用する段階です。

得られた知識を現場で応用するには、OJTとの連携や職場の上司による機会付与が欠かせません。上司は部下が何を目的にして、どんな研修を受けてきたのかを把握した上で、部下が修得した知識やスキルを現場で試すことを後押しする必要があります。

しかし多くの会社では、上司は部下が受講した研修内容を把握しておらず、部下は研修で得た知識を現場で活かす機会が与えられません。さらに「学習移転モデル」自体にも限界があります。



経験学習モデルの登場

「学習移転モデル」では、知識とは様々な状況を超越し、普遍的な状況でも通用するという知識観を前提にしています。しかし現実は、現場で経験しないと得られない知識である「経験知」や、その場の状況でしか使えない「事例的知識」も数多くあります。

こうした現実を踏まえ1980年頃から、学習とは環境・状況、他者との協調や刺激、交換などを通じて知識を構築する営みであるという「状況的認知」「状況論アプローチ」と呼ばれる考え方が台頭してきます。学習は頭の中の記号操作ではなく、環境や他者と分かち合いの中にあるとする見方です。

この考えに基づき打ち出されたのが 経験学習モデル (Experiential Learning Model)です。このモデルでは学習は知識の修得とその応用にあるのではなく、学習者が自らの経験から「マイセオリー」(持論、自分なりのノウハウ)を見つけ出すことであるします。

マイセオリーとは、その時々の状況にのみ対応した、その場限りで通用する理論のことで、一般的には経験知とか暗黙知とよばれています。学習は本人自らが実践を通じて独自の知見を紡ぎ出すもので、アカデミックな知識を現場に適用するものではないとします。

「経験学習モデル」は、次の4つのステージで構成されます。

学習者が現場で様々なエピソード的経験(成功や失敗体験)を積む「具体的経験・Concrete Experiences」(経験のステージ)

体験を振り返り、エピソードを抽出する「内省的観察・Reflective Observation」(省察のステージ)

抽出されたエピソード体験からマイセオリーを導き出す「抽象的概念化・Abstract Conceptualization」(概念化のステージ)

得られたマイセオリーを現場での様々な問題に試してみる「能動的実験・Active Experimentation」(実践のステージ)

経験学習のサイクルを示した図


「具体的経験」と「能動的実験」は仕事をしていれば誰でも経験すると思われがちです。しかし「具体的経験」は、単に体験するだけでなく、次の「内省的観察」に繋げる必要があります。組織の上位階層者であれば、現在の能力を伸長させるような挑戦的な経験であることが求められます。

また「能動的実験」は、その前段階の「抽象的概念化」を経て導き出された「マイセオリー」を踏まえて取り組む必要があります。

一方、「内省的観察」では、経験から何を学んだか、足りないと感じた点は何か、自分らしさが出せたかのはどこか、障害はどうやって克服したか、反省すべき点は何か、新しく得た発想や着眼点は何か、といった点を振り返り、「抽象的概念化」によって教訓を導き出したり、他者へ伝承できる自分だけのマイセオリーを構築します。

この「内省的観察」と「抽象的概念化」を自分一人で行うのは難しく、学習者の仕事ぶりを観察しながら、結果やプロセスを評価し、フィードバックしてくれる第三者の協力が欠かせません。

現在「経験学習」は、企業における人材育成の理論的な柱になりつつあります。次章では、経験学習の理論を企業内の人材育成に活かしている会社の事例をご紹介しています。



批判的学習モデル

「経験学習モデル」が機能するためには一つの前提条件があります。それは学習者が、自分は何が出来るようになりたいのか、どんな風になりたいのか、といった自分が変化する方向性や、新しい考え方・行動様式を認識し、自分のあるべき姿をイメージできていることです。人はイメージできないものには、なれません。

このイメージを得るために役に立つのが 批判的学習モデル です。私たちが、普段、無意識に選択している考え方や行動を自覚し、批判的な目線で振り返ることを促します。

このモデルでは3つのモードがあります。
  1. ◯◯のためには□□が必要であり、□□を修得するためにはどうすれば良いかを振り返る「手段探求」(Instrumental Mode)
  2. 本当に◯◯のためには□□が必要なのかを振り返る「目的合意」(Consensual Mode)
  3. そもそも◯◯が本当に必要なのかを振り返る「背景批判」(Critical Mode)

この3つのモードが働くためには、本人の振り返りをサポートするような他者の存在が欠かせません。学習者は他者(会社の場合は上司、先輩・上位者、同僚など)からのフィードバックを得ながら、普段、無意識のまま行っている判断や行動を批判的な目線で振り返ります。

他者は意識して何かを教えるだけの存在ではなく、学習者自らが何を学び、何を得るかを支える役割を果たします。一方で他者も学習者を支援することで、自らも批判的学習を行うことになります。



正統的周辺参加モデル

ここまで見てきた学習モデルと全く異なるのが、1990年あたりから台頭してきた 正統的周辺参加モデル(Legitimate Peripheral Participation Model)です。

このモデルでは仕事と教育・研修を区別せず、学習者は社会的な 実践共同体(Community of Practice)に参加し、その参加の度合を増すことで学習するとされます。共同体という組織への貢献を果たそうとすることが学習に繋がるという参加型の学習観をベースにしています。

「正統的周辺参加モデル」の実例としては、職人や芸能のように親方、師匠の元での仕事があります。弟子は親方や師匠と一緒に仕事をしながら、その仕事ぶりを観察し、自らが属する共同体のために働きながら学習が進んでいきます。ここでは仕事と教育の区切りがなく、個人の成長が共同体という組織への貢献に繋がっています。

「正統的周辺参加モデル」を踏まえた人材育成では、教育や研修を仕事と切り離したものとして扱うのではなく、仕事に中に学習が「埋め込まれている状態」(embeddedness)に仕向けます。

例えばプロジェクトが学びの場となり、新しい課題を解決し、目標を達成することが学習になるようにします。そのためにはプロジェクトに関わる全員が教育を担っている自覚を持ち、日常のマネジメントや目標の達成、フィードバックやディスカッション、コミュニケーションなどを通じてメンバーを育てることにも意識が向くようにします。


【関連情報】研修効果を持続させるためのヒント  実践共同体による人材育成の事例をご紹介しています



「正統的周辺参加モデル」の研究成果を踏まえ、2000年代に入り登場し、現在、積極的に研究が進められているのが 職場学習(Work Place Learning)という分野です。これは職場において社員の能力開発はどのように進むのか、成長には職場のどのような要因や環境が関わっているのか、などを明らかにしようとするものです。

「職場学習」の研究は経営学、心理学、コミュニケーション論、教育学、経済学、社会学など多くの分野が派生的にその領域を広げながら融合し、未だ確たる定義も定まっていないという非常に若い研究分野です。

また企業内における人材育成だけでなく、社員が会社に在籍しつつ、社外との繋がりの中から学習を進める 越境学習 も注目を集めています。人材を育成するため副業や兼業を容認したり、自分の持つ専門知識やスキルをボランティア活動に活かす「プロボノ」(pro bono publico=ラテン語で公共のためにという意味)も、会社という組織の外側で人材育成や能力開発を進めようとする試みと言えます。


ここまでご紹介した学習モデルを振り返ると、企業が行う教育研修の成果には、本人の学びや成長に対する向き合い方、周囲の人たちが自分も教育を担っているという意識の有無、といった環境要因が深く関わっていることがわかります。

経営陣や管理職、人事担当者は、教育研修制度といった仕組みや研修プログラムの内容を吟味・検討するだけでなく、社員教育を取り巻く環境を整備することにも力を注ぐべきでしょう。



一人で学習する社員たちのイメージ写真
一人で行う学習だけでは限界があります










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経験学習を推進している会社

人を育てる立場に立つと、育てやすい部下と育てにくい部下、あるいは育ちやすい社員と育ちづらい社員がいることに気づきます。この違いは性格によるものとか、伸びしろの大きさよるとされますが、経験から学ぶ違いにも大きいものがあります。

育てやすい部下、育ちやすい社員は良質の経験を数多く積み、そこから学ぶことができます。時には経験する機会を自ら創り出すという「自発的ジョブデザイン行動」を取ります。

教育において経験から学ぶことの重要性を最初に指摘したのが、アメリカの哲学者・教育思想家であるジョン・デューイ(John Dewey)です。20世紀の初頭にデューイは、真の教育は経験から生まれると唱え、従来の講義により学習者の内部に抽象的概念や記号を蓄積するという伝統的教育を批判しました。

デューイは、学習者が環境に積極的に働きかけることで、学習者と環境の間の相互作用が経験となり、一つの経験が次なる経験につながるという経験の連続性の重要性を指摘しました。そして、これらの経験とその経験によってもたされた結果との関係を「反省的思考」によって結び付けることで、学習者の内面から新たな考えが生まれ、これらが次なる経験の基礎になるという学習観を主張します。

やがてデューイの説は「進歩主義教育」と呼ばれ、学校教育だけでなく、社会人教育や生涯教育といった広範囲に影響を及ぼすことになります。

デューイの唱えた学習における経験の重要性は、企業内教育においても取り込まれ、経験学習と呼ばれる分野を形成します。この「経験学習」は、現在、企業が人材育成・人材開発を進める際の中心的な理論になっています。「経験学習」の代表としては デービッド・コルブ(David Kolb)による「経験学習モデル」がよく知られています。

コルブのモデルは、実践→経験→省察(振り返り)→概念化という4つのサイクル・ステージで構成され、人はこれらを循環しながら学習していくとされます。学習とは知識を受動的に覚える事とその応用だけでなく、経験から自分独自の見解である「マイセオリー」を紡ぎ出す事であるとされます。

しかし、すべての人がこうした循環サイクルを実行できる訳ではありません。未知の経験には失敗が付きものですが、最近の若手社員はコスパ(コストパフォーマンス)を優先し、失敗することを極度に嫌う・恐れる・回避する傾向があります。

どこへ行くにも、何をするにもまずはネットで検索し、SNSで情報を集め判断し行動することが常態化しているため、あえて自分で未知の経験を積むことに前向きとは言えない面があります。


経験学習における具体的経験の重要性を強調した図



経験を積ませる仕組み

コルブの経験モデルを仕組みとして機能させ、人材の育成を図ろうとしている会社があります。まず意図的に経験を積ませる仕組みとしては、人材育成会議があります。

これは人材を育成する関係者が一堂に集まり、一人ひとりについて、どのように育成を図ればよいかを議論するもので、ヤフーや東京海上日動火災保険、スチールプランテック(JFEエンジニアリング、川崎重工業、日立造船、住友重機械工業による合弁会社)などで行われています。

各社ともだいたい似通った仕組みで、会議のメンバーとして、育成の対象となる社員の直属の上司とその上司(例:課長と部長)、部署や部門の責任者(例:役員、支社長、事業部長など)、関連する部門の管理職やマネージャーなどが集まり、一人ひとりの強みや弱み、伸ばすべき点と改善を必要とする点、今後のキャリアの方向性や期待すべき役割などについて議論をします。

この話し合いの中から、対象となる社員にどんな仕事をさせてみればよいか、どんな課題を与えればよいかといった良質な経験を積ませるための提案がなされます。直属の上司が知らなかったり、気が付かなかった部下の行動や特徴、持ち味などが明らかになり、新しい職務経験を積ませるための機会を創り出すことになります。

会議で話された内容は出席した直属の上司によって本人にフィードバックされ、これによって、これまで経験したことがない仕事に取り組む機会が意図的に付与されます。従来は部下を育成するのは専ら直属の上司の責任とされていましたが、「人材育成会議」により、人材の育成は会社全体で取り組む課題として位置付けられることになります。

そして「人材育成会議」は直属の上司を育成する場にもなります。多くの管理職やマネージャーは、会議出席者の発言や意見、提案により、部下には自分が把握していなかった別の側面があることに気づかされます。自分の理解や認識を超えた部下の実像が明らかになることで、自らの人材育成のあり方や手法について見直しを図る機会になります。



概念化を図る仕組み

コルブの学習モデルの次のステップは「省察」→「概念化」で、わかりやすく言えば経験を振り返りながら、自分と向き合い、問いかけをすることで自分なりの教訓や「マイセオリー」を得ることです。


経験学習における内省的観察と抽象的概念化を強調した図



このプロセスは、プロジェクト・チームによる職務遂行や、案件ごとに完結する仕事などでは、しばしば体験することになります。

一つのプロジェクトや依頼案件が片付く節目に、今回の仕事を振り返ってみて、「あそこで◯◯すればもっと良かったな」とか、「なぜ、◯◯に気づかなかったのだろう」「◯◯が出来なかったのは、力不足だった」といった具合に振り返りを行うことで、何らかの発見や気づきを得ることができます。しかし、全員それが出来る訳ではありません。

そこで仕組みとして、振り返りからマイセオリーを紡ぎ出せるようにしている会社があります。検索大手のヤフーは、2012年から「1on1」(ワン・オン・ワン)という上司と部下による1対1の話し合いを制度化しています。

1週間に1度、30分程度を目安に上司と部下が1対1で、この1週間に起こった出来事を振り返ります。そして、目標を達成する上で何が問題になっているのか、それをどうやって克服すれば良いのかを話し合います。

この際、上司は部下の話に耳を傾け質問をするだけで、指示をすることもなければ、アドバイスをしたり、解決策を示すこともしません。部下が話をしながら自分の体験を振り返り、現在の状況を整理をしながら、何らかかの気づきが得られるように仕向けます。

こうした話し合いの場では、上司は@「自分は考えない」ようにします。そしてA「予測や推察はしない」、B「部下をリードしない」という3原則を守るとよいでしょう。部下が上司の質問に考えるというプロセスを通じて、自分でも気が付いていない無意識の状態にあるものが、意識として浮上してくるようにします。

そして、部下に今の仕事をどのように進めていけば、将来の自分にとってより望ましいものになるのか、自らのモチベーションを高めるには、何をどう変えていけばよいか、という答えも探らせるようにします。この点で「1on1」はキャリアカウンセリングも兼ね備えていると言えます。ここでのキャリアは、職務経歴書に記載できるような「外見上のキャリア」ではなく、一人ひとりに特有の「内面的なキャリア」と言えます。

部下との話し合いの場をキャリアカウンセリグ的なものにするなら、キャリアの3つの輪というモデルが役に立ちます。これは、エドガー・シャイン(Edgar Schein)が示した自己概念を明らかにする質問をアレンジして考案されたものです。

シャインによれば、自己概念はキャリア選択の指針、またはキャリアを方向づけるアンカー(船の錨)になるもので、以下の3つの問いかけに対する答えから導かれます。
  1. 自分の才能、技能、有能な分野は何か。自分の強み・弱みは何か
  2. 自分の動機、欲求、動因、人生の目標か何か
  3. 自分の価値観、自分がやっていることを判断する主な基準は何か

この質問を基に3つの輪のモデルでは、キャリアは「自分の出来ること」(=Can、能力)、「自分のやりたいこと」(=Will、興味・関心)、「自分のしなければならないこと」(=Must、役割・価値)という3つの輪から成り立っているとされます。

キャリアの3つの輪を示したモデル



上司は部下との話し合いにおいて、部下のできる事(Can)、やりたいと思っている事(Will)、やってもらわなければならない事(Must)という3つの輪の重なっている部分の面積(=上の図の色の付いた箇所)を大きくするよう心がけます。

ヤフーの「1on1」は1週間という短い期間で振り返りを促し、コルブの学習モデルを数多く回すことで、半ば強制的に人材を成長させようしています。半年や1年に1回の人事評価や目標設定時のフィードバックでは、業績や目標といったパフォーマンスについての話し合いが中心になってしまうことに加え、出来事と振り返りに時間差があり過ぎ、人材を育成することにつながりません。

ヤフーでは経営トップが自ら「1on1」を実践することで社内における啓蒙を図りました。そして、部下には定期的にアンケートを行い「1on1」が実行されているかを調べ、結果を上司にフィードバックしました。さらに、上司が抱える部下の数を大幅に減らし、組織のスリム化も図りました。

その結果、人材の育成だけでなく、スピーディな意思決定や仕事の外注化が進み、生産性も向上するという副次的な効果をもたらしています。



ヤフーの「1on1」について、詳しくお知りになりたい方にお勧です。
「ヤフーの1ON1」という本の表紙

ヤフーの1on1
 部下を成長させるコミュニケーションの技法
 ダイヤモンド社・刊  税込・1944円




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