を取り上げます。経営者や管理職の仕事は決断することであると言われるように、マネージャーにとって意思決定は必要不可欠です。
意思決定ではどんな選択を行うかよりも、途中のプロセスが重要です。なぜなら、どんなに優秀なマネージャーでも意思決定には一定程度の誤りが避けられないため、プロセス内で修正を行い、意思決定の精度や確度を高めていかなければならないからです。
意思決定のプロセスは以下の通りです。
マネージャーが各プロセスで意思決定を行う際は、
ヒューリスティクス (heuristics)に基づくことがあります。ヒューリスティクスとは、限られた知識や情報、時間的な制約の中で、簡便な方法で最適な解決策を得ようとする手法です。一般的には「経験則に基づく意思決定」と表現するのがわかりやすいでしょう。
ヒューリスティクスは決断に至る時間を節約でき、複雑で不確か、そして曖昧な情報を理解するのに役立ちます。マネージャーは「完全な合理性」に基づく意思決定ではなく、おおまかな認知処理による「限定的な合理性」で対処しているのが現実の姿と言えます。
意思決定における代表的なヒューリスティクスとしては、以下のようなものがあります。
- 再認ヒューリスティクス
- 単一理由決定(one reason decision making)
- 感情ヒューリスティクス
「再認ヒューリスティクス」とは、かつて見たり聞いたり、体験したことがあるという再認識できる選択肢を重視する推論です。たとえばA案とB案が検討される状況で、マネージャーにとってA案はこれまで何度が経験した手法に似通っており、B案はまったく新しいアプローチであるといった場合などでは、A案が採択されがちです。
しかし、複数の選択肢を再認できるような場合は、「再認ヒューリスティクス」は使えません。そこで意思決定に必要な根拠を記憶や外部情報から逐次的に探索し、一つだけの値により決定するのが「単一理由決定」です。X製品とY製品のどちらを重点製品としてテコ入れするかという選択において、改良に要するコストだけに注目して決定する例などがあります。
「感情ヒューリスティクス」は、対象へのプラスやマイナスの感情により、リスクとメリットという本来は別個に評価しなければいけないものを秤にかけて判断します。長年取引をしているものの、売上の伸長が期待できない甲社との取引をどうするかについて、甲社に好意的な感情を抱いているマネージャーは、新しい得意先である乙社との取引を拡大するよりも、なんとか甲社との取引を継続させようとする方向で意思決定を行いがちです。
そしてヒューリスティクスには一定の
バイアス(偏り)を伴います。バイアスによってマネージャーの適切な意思決定が歪められる恐れがあります。主なバイアスとしては、以下のようなものがあります。
- 自らの知識や能力についての「自信過剰」
- 目先の報酬を求め、代償を回避する「安易な満足感」
- 最初に得られた情報に捉われ、その後の修正ができなくなる「アンカリング」(アンカーは船の錨)
- 自分の経験や興味などに基づき情報を取捨選択する「選択的認知」
- 過去の判断を肯定して優先させる「確証バイアス」
- 先入観に適合する情報は受け入れ、不適合な情報は排除する「フレーミング」
- 記憶が鮮明な出来事だけを頼る「利用可能性」
- ある出来事をこれまでに起きた出来事に近づけようとする「代表性」
- 偶然の出来事に意味を見出そうとする「ランダム」
- 過去の誤りを修正しようとする試みに囚われる「サンクコスト(埋没費用)」
- 成功の原因を自分に帰着させ、失敗は外的な要因のせいにする「自己奉仕」
- 物事が起こる前のことを忘れ、結果が判明してから自分はわかっていたと思い込む「後知恵」
ヒューリスティクス=経験則による意思決定はいつも上手く機能するとは限りません。そのため、マネージャーは自分が用いがちな意思決定のスタイルを認識しておくことが必要です。またバイアスに囚われないように意識することや、自らが陥りがちなバイアスの存在を理解しておくことも大切です。
意識的に周囲からフィードバックを得られるような機会を作る試みも有効な対策です。当事務所で実施している
多面評価を活用することでも、周囲の人たちの客観的なフィードバックを得ることができます。上位階層のマネージャーほど、周囲からフィードバックを受け取る機会が乏しくなるため、注意が必要です。
意思決定の手法
意思決定の手法としては、①合理的な意思決定 ②限定合理性に基づく意思決定 ③直感的な意思決定があります。
①の「合理的な意思決定」とは、問題を特定し、情報を収集することで解決策を検討し、論理的で首尾一貫した意思決定を行うことで、付加価値の最大化を図るという手法です。しかしマネージャーに限らず人間には感情や情動があり、いつも合理的に振る舞うことはできません。今後は合理的な意思決定は人工知能(AI)が担い、マネージャーは人工知能による合理的な意思決定をどのように扱うかが課題になるかもしれません。
②の「限定合理性による意思決定」とは、マネージャーが扱う情報や許容された時間には限界があるため、限られた情報や時間を前提に、最良の選択ではなく、ほどほどに満足を得られる選択をするというものです。先のセクションで取り上げた「ヒューリスティクス」も「限定合理性による意思決定」に含まれます。多くのマネージャーは①の「合理的な意思決定」を望んでいますが、現実は②の「限定合理性による意思決定」を余儀なくされています。
③の「直感的な意思決定」とは、カンやヒラメキ、「ピンと来る」と表現されるように、経験や感情、認知、イマジネーションなどから生じる推論による意思決定です。長年、経営の最前線に立っているような創業経営者やトップマネージャーは直感に基づ意思決定を多用する傾向があります。「直感的な意思決定」は失敗という経験を蓄積することで精度が高まり、②の「限定合理性による意思決定」の確度を高めることにも繋がります。
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問題と意思決定の種類
マネージャーが意思決定を行う問題には、確実性とリスクという要因が存在します。ここでの確実性とは、問題に対処する選択肢のどれを選べば、どんな結果になるかが見通せる程度のことです。リスクとは、特定の結果が起こる可能性をどれぐらいの精度や確度で予測できるかの度合いです。
確実性が高く、リスクが低ければ問題は構造化されていると言え、規則や手順、方針に従うといった「定型的な意思決定」で対応できます。マネージャーにとっては馴染みのある問題であり、経験豊富なマネージャーほど意思決定は容易になります。
逆に確実性が低く、リスクが高い構造化されていない問題では、型にはまった解決策ではなく、「非定型な意思決定」を行なわざるを得なくなります。
「定型的な意思決定」は組織階層の低いマネージャーが担い、「非定型な意思決定」になるほど難度が上がるため、上位階層のマネージャーが行います。
ダメな会社の逸話のように、『経営者が部長の仕事をこなし、部長は課長の仕事を担い、さらに課長が係長の仕事をして、一般社員が会社の将来を憂いている』といったことが起きないようにしなければなりません。
集団による意思決定
マネージャーの意思決定は会議や協議に代表されるような合議制=集団で行われる場合もあります。集団による意思決定のメリットとしては、①多くの情報が得られ、多面的・多角的に検討が行われる、②その結果、より多くの解決策が得られる。そして、③決定事項について社内やチーム内での正当性(お墨付き)が得られ、実行や実践が担保される、などがあります。
一方、デメリットとしては、①合意形成まで時間がかかり、②一部のメンバーによる少数支配が起こりやすいことがあります。また、③メンバーが場の空気を読みすぎたり、同調圧力が高まることで、集団思考・集団浅慮・グループシンクに陥ることもあります。
個人の意思決定と集団による意思決定のどちらが優れているかは、有効性の基準で判断されます。有効性の基準としては、正確性、スピード、創造性、決定事項の容認のされやすさがあります。また集団の大きさは効率性という有効性を左右します。いくつかの研究によれば、集団の人数が15人を越えると効率性が悪くなります。
有効性の基準として「創造性」が挙げられているように、個人や集団の意思決定には創造性が必要です。創造性によって表に出てこない問題に焦点が当たり、あらゆる実行可能な解決策が浮かび上がります。創造性を活かした意思決定はAi・人工知能による意思決定とは違い、人間ならではのものと言えます。
個人の創造性は専門知識、創造的な思考力、内発的動機づけによって形作られます。そして、これら3つのレベルが高いほど創造力も高まります。逆に創造性を阻害する要因としては、周囲からの評価や評判を気にする、監視される、外発的な要素によって動機づけされる(例えばお金や地位、評判のために課題に取り組むケースなど)、他人との競争や強制的な選択を迫られる、などがあります。
会社組織は社会的な環境の中で活動するため、否応なく環境の影響を受けます。そのためマネージャーの意思決定も環境に左右されます。ここではマネージャーの意思決定と組織を取り巻く「外部環境」、および組織風土・組織文化という「内部環境」との関係を取り上げます。
外部環境との関係
組織を取り巻く外部環境には、①景気動向、消費者の可処分所得、株式市場の動向、金利やインフレ率といった経済的な要素、②消費者の年齢や性別、教育水準などの人口構成、③テクノロジー・技術革新の進歩、④人々の価値観やライフスタイル、趣味嗜好などの社会文化、⑤政治・法律による規制・制限、⑥グローバル化などがあります。
こうした外部環境は、まずマネージャーが取り組む課題の一つである人材確保に影響を与えます。マネージャーは仕事の量や質、事業計画などに応じて人材を採用したり、外注先の外部人材を活用します。一般的に景気が過熱すると好条件の待遇に惹かれ転職する労働者や再就職する人が増えます。採用候補者は増え、人材の調達は容易になる反面、人件費は上がり、自社を退職する社員も増える恐れがあります。このようにして外部環境はマネージャーの人材の確保や調達に影響を与えます。
また最近は副業が容認される動きが高まり、限定正社員などの雇用形態も広がりを見せており、マネージャーは外部環境の変化に応じて柔軟に人材を起用したり活用することが求められます。
組織内外の利害関係者との調整もマネージャーの意思決定に影響を及ぼします。利害関係者とは、従業員、顧客、供給先、労働組合、株主、地域社会、ライバル会社、業界団体や社会経済団体、マスメディアなどです。また最近はネットやSNSにおける匿名の個人も利害関係者になりつつあります。
組織はヒト・モノ・カネという経営資源の調達先というインプットと、自社製品・サービスの供給先というアウトプットの両面で組織内外の利害関係者と深い依存関係にあります。そのため利害関係者との調整は業績の良し悪しに大きく関わってきます。
そして、外部環境の不確実性という影響もあります。不確実性は環境が変化する度合い(スピード)と影響をもたらす要因の複雑さの程度によって形作られます。
変化の度合いが遅く安定的で、影響を及ぼす環境要因が少ない場合(下の図の赤のゾーン)、マネージャーの業績に与える影響力は最大化します。つまり、マネージャーは業績の結果責任を強く問われることになります。逆に外部環境の変化のスピードが早く、関係する外部要素が複雑に関わるような状況(水色のゾーン)になるほど、マネージャーの業績に対する影響力は低下していきます。
マネジメントについての研究や理論では、マネージャーは組織や業績に対して直接的に大きく関わる存在であると捉える「万能的観点」と、組織や業績を左右するのは大半が外部環境であり、マネージャーができることは限られ、シンボル的な存在であるとする「象徴的観点」があります。
昨今は、外部環境の変化のスピードが早まり、外部環境の複数の要素が複雑に関わる業種・業界が増えており、マネージャーの存在感が低下する事態を招いています。しかし、そうした状況であるからこそ、逆にマネージャーに期待される役割も高まっていると言えます。
内部環境(組織風土・組織文化)との関係
組織風土・組織文化とは組織内でどのように物事が決定され、実行されるかを決定づける価値基準や習慣です。組織風土・組織文化は組織のメンバーの間での共通認識になっていて、皆が似たような表現や言い回しを使って語られます。
組織風土・組織文化は往々にして創業者や中興の祖とされるような人物の信念やビジョンに基づいています。そして従業員は組織風土・組織文化にまつわる物語やエピソードなどを通じて組織風土や組織文化を学び、自らの経験を組織風土・組織文化に関連づけて部下や後輩に語り継いでいきます。
研究によれば、組織風土・組織文化は次の7つの要素で構成されます。
- 細部までのこだわりを求める程度
- プロセスよりも成果を求める程度の強さ
- 社内での人間関係が重視される程度
- 個人主義よりもチームで仕事を進める度合い
- 社員同士の協力よりも、単独で押しが強く、競争を好む積極性の強さ
- 現状の安定を求める度合い
- 技術革新やリスクを求める姿勢
強い組織風土・組織文化が形成されていると、従業員の行動に与える影響が大きくなります。マネージャーが特段の指示や管理をしなくても、部下は組織風土・組織文化に沿った判断・行動をするため、マネージャーの負担は減ります。
そして、マネージャー自身の意思決定も組織風土・組織文化の影響を受けます。例えば上記の7つの要素の「2」の成果志向と、「7」のリスクを求める度合いが強い組織風土・組織文化では、マネージャーは失敗を覚悟の上で試行錯誤を繰り返すことにより成果を得ようとしがちになります。
【ご案内】当事務所では会社組織の特徴や問題点を把握する
組織診断を行っています。
【参考資料】
国家公務員のためのマネジメントテキスト(内閣官房内閣人事局制作・PDF 86ページ)。民間企業でも使えます。
第1章 職場環境・職員意識の変化とマネジメントの必要性
第2章 マネジメントの基盤を作るコミュニケーション
第3章 業務をマネジメントする
第4章 人材をマネジメントする
●基礎からわかるマネジメント・目次
第1章
基礎からわかるマネジメント
第2章 意思決定(このページ)
第3章
マネジメントの機能 計画・組織化
第4章 マネジメントの機能
リーダーシップ・コントロール
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